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コード(心肺蘇生)を末期がん患者や家族に尋ねるな

2014/03/20
扇田信(聖路加国際病院腫瘍内科)

 「心臓マッサージをしたり、延命のための人工呼吸器を着けますか? 私としては勧めませんがどうします?」

 こんな会話が末期がん患者やその家族と医師との間で行われているとしたら、すぐに改めるべきだ。感染症やCOPD、心不全の急性増悪などと異なり、末期がんの進行による心停止・呼吸停止に対して心肺蘇生は100%無力であり、医学的に無意味な行為である。

 「肝転移による肝不全で生命の危機がありますから肝移植を検討しますか? 私としては勧めませんがどうします?」

 こんな馬鹿げた話をするなんてあり得ないと思うだろう。肝臓が手に入ることはなく肝移植をしたデータはほとんど存在しないが、理論的には効果があるかもしれない。少なくとも効果は否定できない。ただ、われわれは実際にできないような医療行為の話を患者に持ち出すことはなく、話す義務もない。心肺蘇生は行えるというだけであり、効果を見込める理論すら成り立たない。

 患者は,医療者側が話す治療オプションは,ある程度の効果が見込めるからこそ提示されていると信じている。心肺蘇生は一般市民を対象に講習が行われているし、テレビドラマでも扱われることがあり、行為の概要はある程度知られている。ただ、多くの人が知っているのは、カジノで興奮して突然心停止となり、心臓マッサージ+AEDが奏効して、スタスタ歩いて監視カメラの視界から去っていくというような心肺蘇生であり、蘇生の可能性ゼロで医療者側も無力感を覚えながら行うような心肺蘇生ではない。

 「考えておいてください」

 考えても無意味なのに患者・家族に考えることを強制し、残された短くかつ貴重な時間を奪っている、非常に許しがたい行為である。DNR(do not resuscitate)の同意書に家族のサインを求めることは、もはや狂気の沙汰である。明らかに蘇生の可能性があるにもかかわらず、いかなるときにも心肺蘇生を拒否する場合を除き、患者・家族に負担をかけるだけの行為ということに気づかないのであろうか。

 末期がん患者の家族は患者を失いたいわけではなく、患者も死にたいわけではない。選択肢はなく、誰の同意を得ずとも死は訪れる。サインをさせるという行為は、家族に「自分たちが最愛の人の死にゴーサインを出した」という心理をもたらす。

 本来であれば、末期がんでも抗がん剤で治せれば、それがいいに越したことはない。実際には治療効果が低く、最後は治療ではなく緩和ケアだけが唯一のできることであり、患者・家族の拠り所なのだ。緩和ケア病棟に入る基準として患者・家族にDNRのサインを求めているような病院があるのだが、その行為を改め反省すべきである。その要求は本当に緩和をもたらしているのか。緩和とは名ばかりで、取り返しのつかないような心理的な負担をもたらしているではないか。立場の弱い患者・家族は、サインしないと入れてもらえないから苦痛を我慢してサインをしている。

 慢性型病床や有料の緩和ケア・ホスピス病院で看取ることが増え、末期がん患者をがん治療医が最期まで診る機会は減っている。在宅往診医・訪問看護介護体制が整ってゆけば、今後はさらに減るであろう。がん患者の最期は、思ったよりも早いときもあればずっと長いこともあり、生命の不確かさに驚かされるばかりである。血圧が計測不能、下顎呼吸になってから週単位で生きることもある。

 われわれは、がん治療医とは名ばかりの「抗がん剤投与医」になり下がっていないか。そもそも、挿管・人工呼吸器につなぐことで延命になるということすら幻想だ。エビデンスに基づきもしない思い込みの治療である。その思い込みの治療で患者の最後の重要な期間を縮めている。

 挿管しなければ最期まで家族からの声かけが聞こえているのかもしれないし、家族の握ってくれている手の温もりも感じられるかもしれない。挿管されて完全に鎮静されれば、その可能性はゼロになる。死ぬ時刻が正確に分かるはずもなく、死ぬ直前に挿管ができるはずもない。死ぬかなり前に、挿管・人工呼吸器・鎮静のセットが入るのである。これほど残酷な行為が許されるべきではない。

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日経メディカルブックス『がん診療UP TO DATE』の著者陣によるリレーエッセイです。がん治療に関する最新の話題や、日常診療の中で遭遇したエピソードなどを、自由な形式で綴ります。

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