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がん診療UP TO DATE トピックス

弱き者の真理に生きる意味を見つけるには

2014/02/27
今滝修(香川大学医学部血液・幹細胞移植部)

[1] ぼんたん実る樹の下に眠るべし―室生犀星
 私が臨床腫瘍医を志して最初に死に面した患者に贈った哀悼句である。亡くなった者の魂は故郷の実りのある大地において次世代を見守るのだという日本人の死生観を表現した犀星の一節である。

 臨床腫瘍内科医としてがん化学療法に携わって10年以上が経過するが、実に様々な人の死にかかわってきたと思う。医師をしていれば誰でも人の「生き死に」に直接的・間接的に関与するが、血液内科医のかかわる死は、常に謙虚でろうそくのような光ではあるが、絶えることなくわれわれの視界をわずかにでも見通せるように照らし続ける灯のように映る。それは、患者が他の誰よりも「人の生」について真摯に考え続けているからにほかならない。その光を頼りに、われわれは方向を見失わずに患者と向き合ってがん診療を続けることができているように思う毎日だ。最終的に、消え入りそうになっているはなかい命に遭遇すると、われわれは少々面喰ったり気後れしたりしながらも、恐るおそるその灯が消えないように手を差し伸べる。どのような場合であっても、その人生が最良なれと願い、医療を施す。

[2] みんなちがってみんないい―金子みすゞ
 近代哲学では、唯一絶対の真理や正義がどこかにあると信じて、それを求めてきたように人が描かれる。しかし、今世紀になって世界を席巻するのは、本当の自分を探す、唯一の自分を認識する、自分を価値ある存在として認めること、すなわち個人主義の追求である。もっと自分という個を大切にしようということだろうか。その結果、個々の価値観に基づいた多くの正論が存在するようになり、立場を変えた多様な価値が生まれ、個人主義による自由な世界が生まれこそすれ、本当の真実にはますますほど遠くなったような気がする。ここで言う真実とは、万人に共通する幸福があるかということだが、それはどうもありそうにない。それこそが今世紀の新しい真実かもしれない。

 そういう価値観にありながらも、少なくともがん患者にとっての真実とは治ることであると信じて治療する毎日であり、それが本来のがん治療ではないだろうか。緩和医療であっても患者が治らなくていいわけではないのだから。しかしながら、患者が不治の病であるとき、それが分かったとき、医療者は何を悟り、何を患者に伝えるべきか。種の多様性が主張されたのは優に100年以上前の時代にさかのぼるが、死を前提とした局面においては今や価値観の多様性を認めねばならぬ。

[3] 人生を織りなす多くの一条の糸(命)をその都度見出すのは難しい―ED Thomas
 移植医療は時に壮絶だ。そして、悪性疾患は悩ましい。いつでも再発の不安が付きまとう。ある移植患者はこう言う。「家族のために移植を決意しました」。家族を想うその意思は非常に尊く、それとは裏腹に移植医療は患者にとっては人生最大の危機である。

 患者を助けながら常にそれと相反する何かが、自分とは別次元の価値観として語りかける。われわれは非常に未開で野蛮な医療を提供しているのではないか。病苦とは本来悲惨である。それを緩和するだけの医療をわれわれは手にしている。しかし、それですべてのがんが治るわけではなく、すべてのがんが癒されるわけでない。すべての有害事象を未然に防いだり、重症化を予防したりできるわけではない。われわれはそのことを知り抜き、かつ頭で理解している。にもかかわらず、われわれは治ることを信じて診療を行うが、脳内の片隅で部分的に活動している論理的思考により、こういった医療の一定割合が無に帰する可能性を悲観的に予期してしまっている。治療というのは、こういった矛盾を抱えたまま続くものかも知れぬ。そして自分が、患者が治癒する希望をあきらめてしまうかもしれないのではないかという不安におののく。生き延びることだけに最良の価値を置いてがん治療はできないのではないかと、緩和医療が教えてくれたはずではあるが。

[4] 素敵な明日のために―本田美奈子.
 白血病をはじめとする多くの血液悪性腫瘍患者を診てきて常に思うのは、白血病が「どのようにして発症したか」を説明することはできるが、白血病が「なぜ、あなたに起こったか」を説明することはできないということだ。患者が知りたいのは常に後者である。なぜ、私なのか。どうして、私にこの病気が起こったのか。不摂生がたたったのか、疲れがたまったのか、働きすぎたせいなのか、はたまたバチが当たったのか。

 死に至る病に侵された患者は、病床から常に不思議のまなざしで問う。なぜ、死なねばならないのか。どのように死ねばいいのか。患者の手を握り、「大丈夫です」と自分に言い聞かすように何度も患者に言い聞かせる。本当は自分に言い聞かせているのだと後で知る。「私は助かりますか?」と真剣に問う患者に、その目を真正面から見つめながら「きっと治ります」と答えるには相当の勇気が必要ではないか。私にはせいぜい「治るように努力しますので、一緒に治療に取り組みましょう」と言い得るだけだった。死に逝く患者の手を取って、「私はあなたを治癒させるのに十分な治療ができなかったけれど、早晩私もあなたと同じ場所にまいります」と誠実に言ってみても、あまり慰めにならなかったかもしれない。なぜなら、患者は死を望んでいるわけではなかったからである。

連載の紹介

がん診療UP TO DATE トピックス
日経メディカルブックス『がん診療UP TO DATE』の著者陣によるリレーエッセイです。がん治療に関する最新の話題や、日常診療の中で遭遇したエピソードなどを、自由な形式で綴ります。

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