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カデット特集●留学、してみる?

留学、してみる? Vol.9
医師として米国社会に身を置いたことが人生の転機に
臨床留学インタビュー(3)清山知憲氏

清山知憲氏
Tomonori Kiyoyama
宮崎県議会議員●2006年東大医学部卒。沖縄県立中部病院にて初期研修修了後、08年米国ベスイスラエル病院内科レジデント。宮崎大第3内科を経て、11年より現職。

 「初期研修中は忙しすぎて、米国式の研修病院なのに、英語に触れる機会はほとんどなし(笑)。学生のときにUSMLEステップ2に合格していなかったら、あんなに早く留学できなかったと思います」

 そう話す清山氏は、沖縄県立中部病院での初期研修2年目にN Programに応募し、合格。初期研修修了後、米国ベスイスラエル病院の内科レジデンシー・プログラムに参加できることになった。

 「N Program に合格すれば、out of match(マッチング外)で向こうの病院に受け入れてもらえますし、面接も東京で受けられます。初期研修に集中し、最小限の時間と労力で臨床留学がかなうのが魅力で、最初からそれ以外のルートは考えていませんでした」

 実際にレジデントとして中から見たベスイスラエル病院は、「中堅クラスの印象」だったという清山氏。それでも、「各科の専門医の数は豊富だし、レジデント教育が病院のミッションとして根付いている。米国医療の懐の深さを感じました」と語る。

外から見た故郷の医療に危機感
 清山氏の場合、3年間の内科レジデンシーのうちの1年間を終えた時点で、帰国という道を選んだ。「医師として米国社会に身を置いたことで、初めて、故郷の医療の危機的状況を意識し、なんとかして貢献したいという思いが生まれたんです。1年間の研修で、ある程度の達成感を得ていたし、実家の祖母の健康が思わしくなく、今帰らないと後悔する、という思いもありました」

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