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医学書ソムリエ番外編
循環器内科のスター医師が停職に!?
マサチューセッツ総合病院で遭遇したもう1つの逸話

2020/07/20
田中 和豊

 前々回、心電図の世界的名著とその著者にまつわる世紀の誤診事件を紹介した際に、偶然同時期に筆者はマサチューセッツ総合病院で学生実習していたことをお話しした。今回は番外編として、当時のマサチューセッツ総合病院でのもう1つの逸話をご紹介したい。それは、「Valentin Fuster停職事件」である。

 Valentin Fuster氏は、スペイン系アメリカ人循環器内科医で、現在Journal of American College of CardiologyのEditor-in-Chiefである。Wikipediaによると、彼は1943年にスペインのバルセロナで出生。1967年バルセロナ大学を卒業後、イギリスのエジンバラ大学医学部で心筋梗塞における血小板の役割について研究し、医学博士の学位を取得した。彼が医師それも循環器内科医を志した動機は、テニスを通じて知り合った医師のPedro Farrerasが45歳のときに心臓発作を患ったため、彼から循環器内科の道を志すように勧められたからだそうである。その後彼はアメリカのMayo Clinicで研さんを積み、1981年にニューヨークのMount Sinai School of Medicineの循環器内科の部長に就任した。そこで10年間勤務した後、彼は1991年からは筆者が1993年に学生実習することとなったマサチューセッツ総合病院の循環器内科の主任部長として勤務していたのであった。

 そのFuster氏は、筆者が実習した1993年4月のCCUおよび5月のCardiology Consultにおける様々なCardiology Conferenceにも出席して意見を述べていた。外見は俳優のロバート・デ・ニーロそっくりなラテン系のハンサムな顔立ちであった。話す言葉には強いスペイン語なまりがあり、特に英語の「r」はスペイン語特有の巻き舌の「r」の発音であった。

 一連のカンファレンスや回診の中で最も印象的だったのは、確か木曜日の朝7時頃から行われていた「聴診回診」であった。この「聴診回診」では循環器内科の専攻医(fellow)が選んだ患者について、事前に一切情報がない状態でFuster氏が聴診する。その後で所見を述べて、聴診だけで患者の診断を当てるというものであった。つまり、教育を受ける側の専攻医(fellow)が指導する側のFuster氏の診断能力を試すようなもので、常識とは正反対の回診なのであった! 「聴診回診」がこのような形式を取っていたのは、部長としてのFuster氏の意向か否かは定かではなかったが、同氏は聴診所見からだけで見事に患者の診断を当てていたのであった!

 このFuster氏であるが、循環器内科領域では1992年のNew England Journal of Medicineに掲載された、2本の「Acute Coronary Syndrome」という新しい概念を提唱した論文(参考文献2、3)の筆頭著者として非常に高名である。この論文は、それまで急性心筋梗塞は冠動脈の粥状硬化が連続的に増悪して、最終的に完全閉塞することによって発症すると理解されていたものを、通説を覆して冠動脈内の不安定プラークが突然破裂して、そこに血栓が形成され冠動脈が閉塞した結果発症するのが心筋梗塞であることを指摘したエポックメーキングな論文なのであった。そして、彼らは心筋梗塞のメカニズムの理解が根本的に変革したので、その名称も「Acute Coronary Syndrome」に変更することを提唱したのであった。この論文の成果に、同氏が医学博士の学位を取得したエジンバラ大学医学部での研究(心筋梗塞における血小板の役割)が貢献したことは言うまでもない。

学生実習のときの身分証明書

著者プロフィール

田中和豊(福岡県済生会福岡総合病院 総合診療部主任部長・臨床教育部部長)●たなか かずとよ氏。慶應大理工学部を卒業後、医師を目指す。94年筑波大医学専門学群卒業。横須賀米海軍病院、聖路加国際病院、アルバートアインシュタイン医科大、ベス・イスラエル病院などを経て、2012年より現職。

連載の紹介

医学書ソムリエ
良い医学書は良い海図のように、臨床の大海原の航海を確実に楽にしてくれるもの。しかし、数多く出版される医学書のどれを読んだらよいのでしょうか。本連載では、筆者の田中和豊氏が、忙しいあなたの代わりに様々な医学書に目を通し、「これは良い」と思ったものだけを紹介します。

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