Cadetto.jpのロゴ画像

「うつとかメンタルとか、さっぱり分からん」

2015/05/22
西井重超(産業医科大学精神医学教室)

 カッチーン! 周りから滅多に怒らないと言われている私の頭に血が上った出来事がありました。

 それは私がまだ奈良県の病院の精神科で仕事をしていたとき。その日の外来がひと段落し、少し遅めの昼食を終わらせ書類を書いていた時にPHSが鳴りました。
「相談があるという先生が外来まで来ているのですが」

 外来に行ってみると、70歳手前くらいの身なりのいいスーツを着た先生がいました。

「産業医をしているんですが、職場のうつとか、どう対応したらいいですか。会社から復職面談をしてくれと言われたのですが」

 これも大切なコンサルト。できるだけ協力しようとさらに詳しい話を聞きます。そこで“事件”は起こりました。

「『定年退職したら産業医でこづかい稼ぎをしたらいい。毎月1回行けばいいだけで、簡単だから』と知り合いの先生に言われてこの春から産業医を始めたんだ。行くだけの楽な仕事と思ってたのに、この年になって、うつとかメンタルヘルスとか言われても、さっぱり分からん」

 カッチーン! 鏡を見ずとも、笑いながらも引きつってる自分の顔が分かります。
「この医者を雇っている会社は、こんな医者に社員の健康を任せるのか……。働いている人を何だと思っているんだ……。」

 その時はこちらの分かる限りの内容を説明して終わりましたが、その後調べてみたら少し実態が分かってきました。産業医の正式な定義はもちろんありますが、多くの医者における定義とは……

・主婦になった女性医師のこづかい稼ぎ
・定年後のこづかい稼ぎ


 ……なのです。こづかい稼ぎでもきちんと働くならそれでいいですが、あまりに軽い気持ちで勤労者に接するという状況はさすがにマズいでしょう。

 ワーキングプアにブラック企業、最近は高所得層でもホワイトカラーエグゼンプションとか……。それぞれの言葉の意味を詳しく知らない医師でも、働いている人々が大変だということは分かっているでしょう。

 「今の世の中を、今の日本の社会を支えているのは誰だ。みんな一生懸命働いているからこそ、今の日本があるんじゃないのか……」。そう思った瞬間、私の心に決心が生まれました。

「(関西で)働いている人を助けたい!」

 これが、私が関西をいったん離れ、北九州市の産業医科大学に来た理由です。

初期研修期間に産業医資格を取得する医師も増えている
 産業医とは、勤労者が健康で快適な環境で職場できるように専門的立場から指導・助言する医師のことです。50人以上の労働者が従事する企業は、産業医の選任を法律で義務付けられています。

 今、若い先生の産業医学への注目が集まってきています。産業医大には産業医学基礎研修会集中講座という、日本医師会認定産業医の資格が1週間で取れる講座があります。毎年、主に夏に行われており、表1が近年の受講者に若手医師が占める割合です。

著者プロフィール

堀輝(産業医科大学精神医学教室講師)●ほり ひかる氏。西井重超(産業医科大学精神医学教室助教・教育医長)●にしい しげき氏。日本で唯一の産業医学振興および産業医養成を目的として設立された産業医科大学にて、精神科産業医の育成、就労者の精神・メンタルヘルスの問題に取り組んでいる。

連載の紹介

日常臨床に使える産業医のノウハウ
患者が勤労者であれば、日常生活の多くを過ごすのは職場。診療を進める上で職場の情報を入手し活用することは非常に重要です。産業医ならずとも、産業医学の視点を取り入れることで日常診療の幅を広げられるというケースを紹介します。

この連載のバックナンバー

この記事を読んでいる人におすすめ