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Dr.西野の「良医となるための道標」

長い付き合いの患者を看取る

2014/10/06
西野徳之(総合南東北病院消化器センター長)

 「先生、病棟から連絡です」
 な~に? 今検査中で、手が離せないんだけど。
 「○○さん、レートが下がってきて、危なそう…ということです」

 そうか、いよいよか。じゃあ、悪いけど、先生看取ってくれるかな?
 「えっ!?僕がですか。どうすればいいのかわかりませんよ」

 この前、看取ったようにしてくれればいい。ご家族にはすでにDNR(Do not resuscitation:心肺蘇生を試みない)というか、もう間もなく迎えが来ることは何度も伝えてあるし、よく承知してもらっているから。あとは死亡の確認と死亡時間を告げてもらえばいいだけだ。

 「僕にできるでしょうか?」
 君ならできるよ! 大丈夫。僕もこの検査が終わり次第、すぐに行くから。
 「わかりました。じゃあ行って来ます」
 よろしく!

 こればかりは予定が立てられないよな。今日は朝方一人、夕方にももう一人看送りだ。
 「はい」

 この方は来週が誕生日で70歳になるところだったんだ。でも、非代償性肝硬変だから、そう長くはないとは思っていたけどね。実際、肝性昏睡に陥って救急外来に搬送されることが多くなっていた。

 腹水が溜まり、穿刺/CART(腹水濾過濃縮再静注法:cell-free and concentrated ascites reinfusion therapy)になることが多くなっていた。入院・退院を繰り返し、ほぼ毎日の通院となり、病態は悪化の一途を辿っていた。

 肝硬変の末期は癌の患者と変わりがない。だから、いつ急変するかわからない。ということは人生がいつ終わりになるかもしれないんだ。もっとも肝性昏睡になっていれば、前後のことは覚えていないけどね。

 実は僕は、1年以上前からそのことをご本人にも奥さんにもお伝えしていた。だから、これからの人生はめっけもの。毎日一日一日を大切に生きること。やり残したことがないように旅立つ覚悟を持って生きてくださいと言い続けてきた。患者もその言葉がとても気に入ったようで、診察のために、病院に来ることを楽しみにしていたらしい。奥さんがおっしゃっていた。

 具合が悪い時はいつでも診てあげる。「だから、入院していなくとも安心して通院ができる」とおっしゃっていた。通院している時に「もう少し生きられそうだね」と僕が肩をたたくことをとっても喜んでいたそうだ。

 何度かの入院の度に、それほど長くないかもしれないと言ってきたから、『オオカミ少年』になっていたかもしれない。

 でも、今回はいつもと違い、息苦しいと言って入院となった。PaO2 48.0。これは今までなかったことで、肺水腫だった。入院時に、奥さんに今回は覚悟した方がいいと伝えた。
 「……わかりました」

 昨晩入院後に呼吸苦が強くなり、夜間に診察に来た。状態はさらに悪化していて、今晩もたないと思い、奥さんを病院に呼んで、「危篤です」と告げた。

 新たな処置を加えましたが、奏効しなければ今晩持ちません。ご家族や親戚へもご連絡した方がいいです。
 「えっ!? そんなに悪いんですか?」

 危篤というのはそういう意味です。入院する時も今回は厳しいとお伝えしましたよね。心情的には帰してあげたいとは思っていましたが、今回は難しそうです。
 「覚悟はしていたつもりですが、いざとなると…。わかりました。さっそく連絡します」

 でも結局、夜間に主治医を起こすことなく、持ちこたえてくれた。主治医思いだよな。

著者プロフィール

西野徳之(総合南東北病院〔福島県郡山市〕消化器センター長)●にしの・のりゆき氏。1987年自治医科大学卒。旭川医科大学第三内科、利尻島国保中央病院院長、市立根室病院内科医長などを経て2000年10月より現職。

連載の紹介

Dr.西野の「良医となるための道標」
今の臨床研修カリキュラムに足りないもの。それは医師としての心構えや倫理観、患者との接し方を学ぶことではないか? 研修医指導に情熱を傾けてきた著者が、「医師としてのあるべき姿」を熱く語りかける、『良医となるための100の道標』(日経BP)。その一部をご紹介します。
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