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Dr.西野の「良医となるための道標」

死を迎える時刻(とき)

2014/09/22
西野徳之(総合南東北病院消化器センター長)

 患者の死亡の確認の仕方を教えよう。

 睫毛反射・対光反射(直接反射、間接反射)の消失。胸部の聴診。橈骨動脈、頸動脈を触れながら聴診するんだよ。ゆっくりと時間をかけて。そして、もう一度同じ所見を確認する。2~3分かけて、診察をする。その間、心電図(ECG:Electrocardiogram)がFlat(平坦)なのを確認して、看護師に電源を切ってもらう。

 お別れの時刻(とき)を告げる。

 家族もその瞬間(とき)は覚悟している。でも頭で理解していても、気持の整理がついているわけではない。まだ感情的に『死』というものを受け入れることができないんだ。時間をかけることにより、それが現実であることをゆっくりと理解してもらうんだよ。

 心電図が平坦になった後にも散発的に電気的なスパイク(Spike:突出)が出ることがある。もちろん心臓が動くわけではないので、脈もない。でも1回でも電気的なスパイクが出ることは、もちろんまだ『生きている』証である。

 呼吸が停止しても、最期に大きな息をすることがある。CO2(二酸化炭素)が溜まるためにこれを排出するための延髄反射だ。『クスマウルKussmaul)の大呼吸』と呼ばれる。臨床では糖尿病の代謝性ケトアシドーシスの時にもあるけどね。

 患者の最期に立ち会う時は多くの言葉はいらない。家族の大切な時間を尊重して。僕の患者は膵臓癌や胆管癌の患者が多いから、「(闘病生活は長かったけれど)よくがんばったよね。褒めてあげてください」と言って部屋を離れるようにしている。

 僕は、患者の最期に立ち会う時に、高校生の時に読んだ渡辺淳一氏の短編小説を思い出す。それが、今でも心に蟠わだかまりを遺していて、医師になってからも事あるごとに去来する命題となっている。そして30年という時間と、高校生と医師という立場の違いが価値観を変えてもきた。

 君は読んだことがあるかな?

『少女の死』(渡辺淳一『白き手の報復』より)

 心臓病を患った少女が夜中に心停止を起こした。二人の若い医師が心肺蘇生をした。蘇生を続けても、心拍は戻らない。開胸マッサージをしても鼓動は戻らない。
 「この子は生きるのか?」
 「もう死んでいる」
 「俺たちがやめた時が、この子の死亡時刻さ」
 蘇生は一時間以上も続けられたが、一人がふっと手を止める。
 「どうして止めたんですか?」
 「少女の飼っていたキリギリスが鳴いたからだ」

著者プロフィール

西野徳之(総合南東北病院〔福島県郡山市〕消化器センター長)●にしの・のりゆき氏。1987年自治医科大学卒。旭川医科大学第三内科、利尻島国保中央病院院長、市立根室病院内科医長などを経て2000年10月より現職。

連載の紹介

Dr.西野の「良医となるための道標」
今の臨床研修カリキュラムに足りないもの。それは医師としての心構えや倫理観、患者との接し方を学ぶことではないか? 研修医指導に情熱を傾けてきた著者が、「医師としてのあるべき姿」を熱く語りかける、『良医となるための100の道標』(日経BP)。その一部をご紹介します。
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 「患者を診るということは、家族とともに、患者の心とも向き合うこと。その不安、焦燥、葛藤、そして悲しみを共有することなのだ。その心を受けとめることが君にはできるかい?」  医療という大海原に飛び込んだ研修医に、親として、兄として、友として、本音で語りかける、良医となるための「100の金言集」。(西野徳之著、日経BP社、2800円税別)

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