Cadetto.jpのロゴ画像

弱者に厳しい「地域限定」の医療

2015/11/02
反田 篤志

 医療は基本的にローカルなもの。それは正しいと思う。ほとんどの医療は、その人が住んでいる地域の中で完結する。一方で、やはり地域を跨がなくてはいけない場合も往々にしてある。アメリカのように一つの国の中で全く異なるシステムが複数あると、特に社会的弱者に対して弊害が出てくる。

 例えば、『ミネソタとシカゴのはざまで』)に書いた、HIV腎症の20歳代の彼女。低所得者を対象とする公的保険のメディケイドは州の管轄なので、基本的には州内で提供される医療しかカバーしない。引っ越して州を移ったら、新たな居住地でメディケイドを申請する必要があるが、申請から認可まで2~3か月はかかる。認可されるまでの医療費は全て自己負担になってしまうため、医療機関にかかることは難しい。彼女のように週3回透析が必要な人にとっては、州をまたいで移動することも大きなリスクになる。

 また例えば、『出稼ぎ労働者たちの診療』にもあるように、他の州に移動する季節労働者たち。冬の間は生活費や光熱費が安い南の地域で過ごし、夏に北方にやってきて仕事をする。ちなみに、移動手段は彼らの雇い主が提供するか、仲間内で車を持っている人の車に多数乗り合ってやってくる。経済的には合理的な生き方だし、農業など季節性の大きい仕事には必要な働き手だ。しかし、彼らをうまくカバーする医療保険システムは、残念ながら今のところ存在しない。

 上記の通りメディケイドは他の州での医療費をカバーしないし、民間医療保険を買ったとしても(ほとんど買える人はいないが)、「ネットワークの問題」が立ちはだかる。というのも、ほとんどの医療保険では、自己負担割合が低いネットワークが設定され、ネットワーク外の医師や医療機関では自己負担割合が高くなるからだ。

民間保険にも「ネットワークの問題」が
 米国の民間医療保険には、保険プランごとに、ネットワークと呼ばれる提携医療機関群が指定されている。そして、ネットワークに加盟している医師に掛かれば、免責額(保険が適用される前に自分で支払わなければいけない金額)が年間500ドル、自己負担が1割で済むが、ネットワーク外の医師に掛かれば免責額は年間3000ドルで自己負担は3割、といった設定がなされている。

 こうなると、ネットワーク外の医師に掛かろうなんて気は起こらない。そして、安い保険プランになればなるほど、ネットワーク内の医師や医療機関の所在地は自分が住んでいる地域とその周辺に限られ、ネットワーク外の自己負担も増えていく。従って、収入が高くない季節労働者たちが、他の州など遠い地域で医療を受けることはほぼ不可能だ。

 季節労働者も、そういったシステムをきちんと学んで、メディケイドの移行申請など前もって必要な準備をすればいいのではないか? お金がないのだから、移動せずに地元で暮らしていればいいのではないか? こう思う人もいるかもしれない。社会保障に頼っているのだから、自由な移動が制限されるのも、倫理的に許容されるのかもしれない。しかし残念ながら、彼らの実際の生活は想像以上に大変だ。

著者プロフィール

反田篤志●そりた あつし氏。2007年東京大学卒業。沖縄県立中部病院での初期研修終了後、ニューヨークでの内科研修を経て、12年7月より現職。特技は社交ダンス。

連載の紹介

フェローシップ@メイヨー
米国メイヨークリニックで予防医学のフェローとして働く反田篤志氏が、米国の臨床現場での実体験を通じて分かったこと、感じたことをつづります。

この連載のバックナンバー

この記事を読んでいる人におすすめ