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医者は必ず「第二段階」にいく、のか?

2015/12/02

 前回、総合内科カンファに出て「顔の見える関係を作ろう!」と書きましたが、今回も生涯教育に関係することを考えてみたいと思います。

 先日、米国で医学部に通う森誠さんのコラム「医学教育で患者に対する共感力が低くなる?」(2015年8月6日)を読んで感じたことを共有します。

知識の増加に伴って、共感力は低くなるのか?
 米国で医師になる場合は、一般的に通常の学部を4年で卒業した後、医学生としての期間を4年間過ごします。医学部3~4年目は臨床実習が主となり、一部は日本の初期研修医のような働きを任されることもあるそうです。この実習が始まる3年目は、最も共感力が低くなっているという研究成果があるとのことです。この要因として森さんは、上級医へのプレゼンや日々の業務に圧倒され、患者への気配りにエネルギーを割けなくなってくることを挙げていました。

 これは、自分を振り返ってみると、半ば賛成できて、半ば違うんじゃないかと思います。

 まずは賛成できる部分から。確かに医療現場での振る舞いが身に付いて、歯車として働けるようになってくると、分かることが増えてきます。「疾患」を診られるようになり、「ひと」への関心が薄くなる、という側面は否めないと思います。

 一方、それは単なる余裕のなさではないかとも思います。共感をうまく表現できないのは、問診をうまくプレゼンするという目標を第一に据えていたり、(効率が悪いので)時間がなく「患者の訴え」に注意を払えなかったりすることに起因するのではないか、とも考えられます。もっとも、何度も書いている通り、共感できていないのにうわべだけ共感しているフリをして心証を害する方がよっぽど侵襲的だと思いますけど(関連記事)。

 ということで、心の余裕を持てるように日々努力しているせのびぃですが、うまくいかないときもありますので、まだまだですね(笑)

「第2段階」の医者の責務は、教育?
 さて、森さんはコラムで、『ブラックジャックによろしく』の一場面を取り上げ、医者の「第2段階」について考察しています。

著者プロフィール

毎日せのびぃ●市中病院での初期研修後、出身大学病院を経て、再度初期研修病院に戻った精神科医の卵。外見や語り口は穏やかで気さくな好青年。だが、胸の内には数々の野望が渦巻いている。今はそれらを封印し、高みを目指して修行に励む日々。

連載の紹介

日々是たぶん好日ナリ
毎日せのびぃ”が臨床の狭間で繰り出すつぶやきログ。生活の大部分を占める医療ネタのほか、将来のこと、趣味のこと、世間話など、フリーハンドで書いていきます。

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