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看護学校の講師経験から学ぶ(4)
「巻き込まれる」のは悪いこと?

2015/09/24

 前々回「過剰な共感はいらない」ことを書き、前回「アンケートにそこまで書いちゃう!?」でボーダーラインパーソナリティ患者への対応はやはり医療職にとって関心あるテーマなのだと思いました。

 そこで、今回から2回にわたって「患者に巻き込まれる」ということについて書いてみたいと思います。

そもそも「巻き込まれる」とは?
 巻き込まれ(involvement)に確固たる定義はないようですが、このコラムでは「患者とかかわる過程において、さまざまな感情を体験し、意識的、無意識的行動をすること」(牧野, 2006)としたいと思います。

 前々回は「過剰な共感はいらない」と逆説的に述べましたが、「共感的態度」を持ちながら患者とかかわることは、医療者にとって必須でしょう。おそらく、精神科のみならず他科でも「この患者は絶対に救いたい」と(意識的に)思うときや、自分と境遇が似た患者を受け持ったときなど、(無意識的に)他の患者さんよりも目をかけた経験はあると思います。「そんなことは絶対にない」と言える方は、もしかしたら以下に述べる『意図せぬ巻き込まれ』にはまっているのかもしれないので、ぜひ最後までお読みください。

 なお、一般的な治療では、(患者も精神的に安定していることが多いので)『意図せぬ巻き込まれ』に至っても大きな問題なく経過することも多く、むしろ治療促進的に働くこともあると思いますが、ボーダーラインパーソナリティ患者ではうまくいかないことが多いです。

「巻き込まれ」リストを見てみると
 日本の精神科看護では「巻き込まれ」が否定的に捉えられがち(牧野, 2006)です。それはなぜでしょうか。以下、牧野の論文を題材に考えてみます。

著者プロフィール

毎日せのびぃ●市中病院での初期研修後、出身大学病院を経て、再度初期研修病院に戻った精神科医の卵。外見や語り口は穏やかで気さくな好青年。だが、胸の内には数々の野望が渦巻いている。今はそれらを封印し、高みを目指して修行に励む日々。

連載の紹介

日々是たぶん好日ナリ
毎日せのびぃ”が臨床の狭間で繰り出すつぶやきログ。生活の大部分を占める医療ネタのほか、将来のこと、趣味のこと、世間話など、フリーハンドで書いていきます。

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