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なぜ「自分の患者に責任を持つ」のか

2015/04/22

 前回に引き続き、『神様のカルテ0』から適宜引用しつつ、普段みなさんが聞き慣れないと思われる「精神分析」の紹介にシフトしていこうと思います。

「主治医」の責任とは何か
 いきなり難しい質問をして恐縮ですが、そもそも、なぜ「主治医」は自分の患者に責任を持つのでしょうか。現在のせのびぃは、この命題に明確な解答が出せません。神様のカルテの主人公である若き日の栗原一止も、自らが内視鏡で初めて見つけた胃癌患者に対し、「なぜ私があなたに構うのか。それは國枝さんが私の患者だからです」と答えています。

 まさに、せのびぃも同じ答えを返したくなります。サービス業としては、治療契約を結んでそれに基づいて行動するのが正しいのでしょうが、医療ではときにそれ以上の何かが生まれてきます。お金じゃない部分で動きますし。人間くさいですね…。

 胃癌患者の國枝さんは、読書が好きな一止との対話の中で、次のようなことを述べています。

著者プロフィール

毎日せのびぃ●市中病院での初期研修後、出身大学病院を経て、再度初期研修病院に戻った精神科医の卵。外見や語り口は穏やかで気さくな好青年。だが、胸の内には数々の野望が渦巻いている。今はそれらを封印し、高みを目指して修行に励む日々。

連載の紹介

日々是たぶん好日ナリ
毎日せのびぃ”が臨床の狭間で繰り出すつぶやきログ。生活の大部分を占める医療ネタのほか、将来のこと、趣味のこと、世間話など、フリーハンドで書いていきます。

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