Cadetto.jpのロゴ画像

「勝ち目のない戦いはやらない」のも一手?

2015/01/28

 今回は再度、医師としての倫理観について考えてみようと思います。精神科単科病院での当直(全科当直で、どんなコールも全て自分)を例に取ってみます。

DNARでどこまでやるか?
 せのびぃは、たとえ「積極的な治療は望みません」と家族に言われても、本気で治療すれば後遺症なく治癒しそうな患者に対しては、本気で治療をしたいと思うタイプの医師です。

 ちなみに、この単科病院では夜間は採血も血培も出せないので、敗血症(sepsis)を認識したら5分後には初期抗菌薬を投与できます。sepsis認識までの時間を早める必要はありますが、ある意味で最速の対応ができます。

 それに関してはよいのですが、困るのは、本気で治療してもしのげない可能性が高い時や、なんとかしのいでも後遺症が残りそうな時です。例えば、挿管したら急性期はしのげても気管切開が避けられないだろうなぁという時や、もともと認知症がひどくて意思疎通ができず寝たきりの方の重症感染症などですよね…。

 どこまでやるか、アメリカ帰りのとある内科医はこう言っていました

「その病院にいる限りやらない、という選択を取るのも一手」

 なるほど。「この病院でできることを全てやってください」と、家族はよく言いますが、正直言って、この病院で本気のICU治療はできませんし(そもそも夜間の採血すらできない)、本当に治癒を目指すなら転送が最も勝率が高いということですね。

「勝ち目がない戦いはやらない。誰も喜ばない」
「本人も意識がないなら、家族の思いに寄り添うことを重視するのも広い意味での治療」

 そうなんです。亡くなった方は訴えてくることもないですしね…。ただ、訴訟のことを考えるというよりは、死生観・倫理観として、本人はどうしたいかを考えたいです。でも、当直時の急変だと、普段の本人に尋ねるわけにもいかないですし、代弁者は家族になるんでしょうね…。

医療者としてその方にできることとできないことを考えて、自分と病院の力も加味した上で、自己満足ではなく本当にその人のためになっているのかを心のどこかで考えながら接するしかないと考えています…。

著者プロフィール

毎日せのびぃ●市中病院での初期研修後、出身大学病院を経て、再度初期研修病院に戻った精神科医の卵。外見や語り口は穏やかで気さくな好青年。だが、胸の内には数々の野望が渦巻いている。今はそれらを封印し、高みを目指して修行に励む日々。

連載の紹介

日々是たぶん好日ナリ
毎日せのびぃ”が臨床の狭間で繰り出すつぶやきログ。生活の大部分を占める医療ネタのほか、将来のこと、趣味のこと、世間話など、フリーハンドで書いていきます。

この連載のバックナンバー

この記事を読んでいる人におすすめ