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医師がブランドを好むワケ

2014/02/07

 ビジネスマンたちと話をしていると、医者はブランド好きだという話題がよく出てくる。確かに医者の好きなモノといえば、車、時計、ワイン、ゴルフ、クレジットカードの上級会員……と相場はだいたい決まっている。そこそこの小金持ちであるという理由以上に、じっくり趣味を育むような時間と余裕が持てない職業であるがゆえに、時間をかけずにお金を使いたい人が多いのではないだろうか。その結果、手っ取り早く満足を得られるこれらのモノに医者は一様にお金を使うようになる。医学生は今のうちからこの辺りに詳しくなっておくと、将来必ず重宝する 。

 研修生活に一段落がついた私の医学部時代の同級生たちも、「なけなしの時間をせめて優雅に」と過ごすうちに、今やみんな趣味が似通いはじめている。私のように学生時代から愛用しているノーブランドの時計を使い続け、マツダのミニに乗っている医者は、同年代では少なくなってきてしまった(笑)。言うまでもなく、車、時計、ワインといった医者に共通する趣味は、まさにブランドの世界である。高級感や質の保証、あるいはそこから発せられるステータスといったものに、客は必要以上の大金を払う。医者は非常にブランド志向の強い職種であるといえるだろう。

 さてこの「ブランド」という言葉、実はビジネスの世界では少し違った意味を持っているようだ。医療者のようにビジネスから遠い世界の人たちにとってのブランドとは、単に「高級品」という意味に等しいものだと私自身もそう思っていたが、よくよく聞いているとこちらの世界の人たちはもっと深い意味でこの単語を使っている。

 ピーター・ドラッガーによれば、「マーケティングとは、(常に販売活動をしなくても)売れる仕組みを作ること」であるとされ、さらには「ブランドとは、信頼と約束により売れ続ける仕組みを作ること」であるとされている。マーケティングとは「本来必要のないものを買わせる手法」であり、ブランドとは「信頼を提供する代わりに必要以上の対価を支払わせるもの」と極端に考える人たちもいるが、なるほどと頷くところもある。

 例えばこれを客である医者側から見てみると、ブランドものを所有することは、そこで得られる満足感や達成されるステータスの他に、数ある商品の中から「時間をかけることなく、安心してものを選ぶことができる」という意味も持つ。そのため、時間のない医者にブランドものが好まれるのであろう。この「確実な価値を提供するという信頼と約束」の効果こそがブランドロイヤルティである。

5万円で買ったカバンの原価は5000円
 実はこのブランドという看板を取り払ってしまえば、中身自体はどれも大した差がないことが多い。例えば、日本人なら誰もが持っているスイスの高級時計やフランスの高級革製品などは、原価がわずか10%であるともいわれる。驚いたことに、私たちはもともと5000円のカバンに対して、ブランドという信頼・約束のためだけに4万5000円も上乗せしてお金を払っていることになる。

 昨年、慶應ビジネススクールにゲストスピーカーとして招聘されたコロンビア大学のシーナ・アイエンガー教授は「人間はもともと細かい違いは分からないが、自分で選択することを本能的に求めている。しかし多くの中から選んだり決めたりすることには労力が必要であるため、選択肢が少ないほうが人は物を選びやすく買いやすい」という理論を科学的に展開していて非常に面白かった。私たちビジネススクールの学生も、実験と称してコーラやコーヒーの銘柄当てをブラインドで初めて試してみたが、驚くべき結果となった。

 あれほど昔から慣れ親しんできたはずのコカ・コーラも、通を気取っていたはずのスターバックスも、いつもわざわざ指名してきたキリン一番搾りさえも、ライバル商品との差が分からないか、じっくり考えてみてやっと僅かな差が判定できるといった程度でしかなかった。それ以来、私は元々少なかった ブランドやメーカーへのこだわりがすっかりなくなってしまい、毎回選ぶ労力が省けるようになったが、その反面で選ぶ楽しみも失ってしまった。

 この経験から、普段私たちが如何にブランドやメーカーのイメージに頼ってものを選んでいるかを痛感できた。逆に言えば、商品自体にこの程度の差しかないのに場合によっては何倍ものお金を支払わせてしまうブランドの凄みというものを改めて知ることにもなった。

著者プロフィール

内藤 祥(慶應義塾大学大学院経営管理研究科修士課程)●ないとう しょう氏1978年 神奈川県生まれ。2005年北里大卒。沖縄県立中部病院で4年間の研修の後、2009年より2012年まで西表西部診療所。2012年より現職。西表島勤務中には「離島医師たちのゆいまーる日記」を執筆していた。

連載の紹介

「目指せMBA!」
離島の「一人医師」として従事してきた内藤氏は「地域医療を守るためにも経営学的な視点が必要」と痛感したことから、ビジネススクールに進学。臨床医が、一般企業の会社員と机を並べながらそこで感じたことをつづっていきます。

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