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「全部正解」という考え方

2013/12/03

 私の通う慶應ビジネススクールの特徴は、教育手法にケーススタディを用いていることである。一方的な講義形式ではなく、実際の企業のケースを基にして、教師と学生が入り乱れて激しいディスカッションが繰り広げられる。教師は「ファシリテーター」と呼ばれ、学生からの発言をどう引き出し、クラス全体の議論の方向性をどう誘導していくかという能力が問われる。

 非常に白熱したクラスを作りあげることで有名なある教師の言葉で印象的だったのは、「全部正解!」という、自由な発言を促す姿勢である。唯1つの正解を求めて突き詰めていく医学の世界との違いに大きなショックを受けたことを覚えている。以前の記事以前の記事でも記載したが、経営学とは様々な成功・失敗パターンを後ろ向きに分析した学問であり、自然科学のように唯一の真理や正解を求める世界とは大きく異なる。つまり無数に正解が存在するのだ。

 経営学においては、何が正しく何が間違いなのかが明確でなく、組み合わせによって成功と失敗が表裏一体の関係となっているため、「先の見えない中での意思決定」が常に求められることになる。

「1つの選択肢を選ぶ判断」が日常の医療の世界
 この「意思決定」という単語は、Decision Makingの訳だ。ビジネススクールではこの言葉を聞かない日はないというくらい、常に議論の中心になっている用語である。特に、MBAは経営者やリーダーを育成するための学問であるため「分からないながらも、どれか1つの選択肢に決める」という判断能力が非常に重要視されている。

 ところが、この「意思決定」の作業は、私たち医者から見ればごく当たり前の事のように感じる。その理由は、医者が日々行っている診療業務が、意思決定の連続であるからにほかならない。

 「意思決定」という言葉にすると大げさに聞こえるかもしれないが、医療行為は様々な状況と多くの選択肢の中でなされており、どれを取っても重要な選択・判断を迫られるものばかりである。例えば、肺炎に対する抗菌薬の選択1つをとっても今後の治療経過を決定づける判断がなされている。また、救急の現場での初期対応は情報収集と優先順位づけにより患者が救えるかどうかが決まる、重要な意思決定である。

 色々な職種の人たちとの会話の中で、私が離島医療をしていたという話題になると、皆がもっとも興味を示すのは決まって急患のヘリ搬送の話だ。確かに、これこそ究極の意思決定の場面であったはずだ。患者の疾患と状態のみならず、これからどう病状が変化するだろうかという予測、搬送中は急変があっても救命処置ができないというリスクがある。さらに、悪天候や夜間帯のヘリ搬送はそれ自体が墜落の危険性も秘めている。このような状況下で、どのタイミングでヘリを飛ばすのか、あるいは一晩待って船で搬送するほうが安全なのかという意思決定を日々行わなければならなかったのである。

著者プロフィール

内藤 祥(慶應義塾大学大学院経営管理研究科修士課程)●ないとう しょう氏1978年 神奈川県生まれ。2005年北里大卒。沖縄県立中部病院で4年間の研修の後、2009年より2012年まで西表西部診療所。2012年より現職。西表島勤務中には「離島医師たちのゆいまーる日記」を執筆していた。

連載の紹介

「目指せMBA!」
離島の「一人医師」として従事してきた内藤氏は「地域医療を守るためにも経営学的な視点が必要」と痛感したことから、ビジネススクールに進学。臨床医が、一般企業の会社員と机を並べながらそこで感じたことをつづっていきます。

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