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第7回
レジデントが休みを取れるシフト制

2020/01/24
田中 和豊

 前回は渡米手続きの煩雑さについて紹介した。今回は、筆者が約20年前に経験したアメリカでの内科レジデンシーの生活を紹介する。

 当時のアメリカの内科レジデンシープログラムは、4週間を1単位として研修を行い、1年間で13単位のローテーションを経験することになっていた。もちろん、最も多いのは内科病棟のローテーションである。これとは別に外来のローテーション、ユニット(MICU、CCUなどの集中治療室)のローテーション、ER(救急室)のローテーション、そして自由選択のローテーションがあった。それ以外に1年間に2回は、2週間のナイトフロート(夜だけ働くシフト)ローテーションと2週間の休暇があった。言い換えると、休暇と夜だけ勤務のナイトフロートも1年にそれぞれ4週間ずつあった。

 内科病棟の1つのフロアは40床ほどあって、だいたい臓器別に分かれていた。そのフロアには病棟チームが2つあった。1つの病棟チームは、レジデント1人(2年目あるいは3年目)、そのレジデント1人にインターン(1年目研修医)2人で構成されていた。場合によってはインターンの下に医学生がつくこともあった。その病棟の入院患者は、2つの病棟チームが交代で担当し、隔日で入院患者を受け持つことになっていた。これは自分のチームが新規の入院患者を担当する日は情報収集に集中して、翌日にその入院患者にはどのようなマネジメントが最も適切か、じっくり検討するためのサイクルとなっていたのである。

著者プロフィール

田中和豊(福岡県済生会福岡総合病院 総合診療部主任部長・臨床教育部部長)●たなか かずとよ氏。慶應大理工学部を卒業後、医師を目指す。94年筑波大医学専門学群卒業。横須賀米海軍病院、聖路加国際病院、アルバートアインシュタイン医科大、ベス・イスラエル病院などを経て、2012年より現職。

連載の紹介

アメリカ臨床留学 今昔物語
Cadetto.jpの好評連載「医学書ソムリエ」でおなじみの田中和豊氏が、若手医師の頃に留学していたニューヨークの病院を19年ぶりに再訪しました。これを機に当時の留学事情やレジデンシープログラムを振り返りながら、米国の最近の医療事情も紹介します。

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