Cadetto.jpのロゴ画像

体育会系の先輩たちから学んだ、信念を持って治療することの大切さ
日本大学小児外科 池田太郎

2014/02/25
高島三幸=フリーランスライター

池田太郎先生
Taro Ikeda
日本大学小児外科●1993年日本大学卒。春日部市立病院外科、那須中央病院外科などを経て現職。論文に「直腸肛門奇形術后症例の肛門管粘膜電流感覚閾値からみた病態生理学的研究」など。

 高校、大学とラグビー部だった私は、医学生時代も週3回の練習をこなし、春と秋のシーズンは試合ばかり。1年生からレギュラーで出場し、5年生でキャプテンを務めるなど生活のほとんどを部活動が占めていました。先輩や後輩とのつながりも強く、国家試験対策は仲間と一緒に取り組みました。運動部は外科へ進む風潮がありました。実際に多くの先輩が在籍し、当時のラグビー部の部長も外科医。先輩たちと一緒に働く姿が想像できたし、外科への入局は自然な流れでした。

 入局後、日大第一外科や関連病院を回りながら消化器や乳腺など様々な症状を学びました。同期は体育会系が多く、「誰よりも早く難しい手術をこなしたい」と皆が思っていました。レギュラーの座を奪い合うように、どの研修医も手技の練習を欠かしません。少しでも時間があれば指先を動かしていたので、医局の机や椅子、病棟のベッドなど至る所に糸の結び目がありましたね(笑)。

 上下関係は厳しく、反りの合わない先輩や指導医の指示にも逆らう余地はありません。先輩たちの信頼を勝ち得ないと手術を任せてもらえませんから、認めてもらおうと必死でした。 

 しかし、同じ疾患でも先輩によって指示や流儀が異なります。戸惑いながらもついていくと、次第に「どう考えてこうした治療をするのか」といった各先生のロジックや、その背景にある信念が見えてくるんです「。現状報告だけじゃなく、全体を見て、次はどう動くべきか自分で考えろ!」などと何度も怒られながら、教科書だけでは決して身に付かない思考力も鍛えてもらった修業期間でした。

この連載のバックナンバー

この記事を読んでいる人におすすめ