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一度はやめようかと思った小児科医 激戦地での挑戦を経て理想実現にまい進

2013/11/11

米川元晴先生
Motoharu Yonekawa
おひげせんせいのこどもクリニック(札幌市豊平区)院長●1998年北大卒。北大小児科入局。大学病院や関連病院勤務を経て2006年から医療法人社団めぐみ会で3つのクリニックの立ち上げに携わる。2010年から現職。

 医学生時代は家庭教師のほか、コンビニ、引っ越し、喫茶店、モデルなどいろいろなバイトをしました。医師になる前に社会人と一緒に働いたことは、とてもよい経験になりました。

 全身管理ができる医師にと考え、子供好きでもあったので、小児科に入局しました。でも道内各地の関連病院で働くうち、「このまま小児科医でいていいのか」と迷いが出てきました。年中オフのない生活も苦になりませんでしたが、熱といえば抗菌薬と解熱剤、という当時の小児科医療の実情に違和感を覚え始めていました。

 そんな折、今も私が一番尊敬する小児科医の先生と出会いました。薬をロジカルに使い、世界標準の治療を実践するその先生と診療に当たるうち、進路の迷いは消えました。しかし、その後も、関連病院を巡りながら、今の小児科医療は世界的に見ても正しいものなのか、という違和感を抱える日々が続き、「自分の理想の診療を実践してみたい」という気持ちは強まる一方でした。

 結局8年目に退局し、理想の診療を実践できる場を探すことにしました。何カ所か見学した中で、「新しい小児科クリニックを作るからやってみないか」と誘ってくださった東京の医療法人に就職しました。

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