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テニス部で得たものはプライスレス
東京慈恵会医科大学教授 大木隆生

2010/08/06
高島 三幸=フリーライター

大木隆生
Takao Ohki
東京慈恵会医科大学 外科学講座統括責任者、血管外科分野教授●1987年東京慈恵会医科大学卒業。米アルバートアインシュタイン医科大学外科教授などを経て07年から現職。Photo:Masafumi Imai

 医学について実践的に学べると期待して、私は東京慈恵会医科大学に入りました。しかし最初の2年間はドイツ語や法律など、一般教養のような授業ばかり。3、4年で基礎医学、病理学、生物、細菌学をやって、5、6年でようやく臨床医学、内科、外科が出てくるのですが、教科書的な知識中心の授業がほとんどでした。

 それなら教科書を読めばいいと思い、授業にはあまり出ませんでしたし、たまに出席しても、昼寝したり当時熱中していた硬式テニスのことばかり考えていました。大学の6年間で最後まで聞いた授業は皆無と言えます。

 試験勉強は最低限の労力で済ませ、ぎりぎりで合格するのが得策と考えていました。なぜなら医師国家試験はオリンピックのように1番を目指す試験ではなく、下位20%ほどをふるいにかけるための試験だからです。従って、合格ラインぎりぎりでパスする者が一番賢いと思っていました。

公式テニスにすべてを費やす
 大学時代はもっぱらテニスに明け暮れました。体育会硬式テニス部のレギュラー選手として毎朝2時間は練習しました。持てる情熱と時間のすべてをテニスに費やし、その中から多くのことを学びました。テニスの楽しさはもちろん、世の中にはボールボーイなどのように理不尽なことがたくさんあるという事実、仲間との絆、そして先輩後輩といったヒエラルキーの存在など、どれもその後の人生に役立つことばかりでした。

 外科医は下積みが多いものです。私も病棟で伝票をカルテに張ったり、採血したり、外科医なのに、手術に関係ない雑用をたくさんさせられました。まさに理不尽の極致でしたが、体育会テニス部で世の中そういうものだと学んでいたので抵抗を感じることなく自然と、また楽しく雑巾がけをすることができました。

 実際、外科手術の現場では命令系統がきちんとしていないと支障を来します。テニス部の厳しい規律の下鍛えられた経験はとても役立ちました。

ポリクリで熱心に観察したものは
 どの診療科に進むかでは結構悩みましたが、ポリクリニックで附属病院の各科を回った経験は有意義でした。病気を学ぶ機会というより、いろいろな診療科を回って、自分の志望先を決める「会社訪問」のようでした。

 私は特に、医局の雰囲気や、先輩ドクターの目が輝いているか、といったことを観察しました。やりがいをもって仕事をしているかを知りたかったのです。今も学生に、「進路を決める際には医局の雰囲気や先輩の目の輝きを確かめなさい」と教えています。

 そして、これは大変失礼なことなのでしょうが、ポリクリ先の先輩ドクターに、私は必ず「財布の中身を見せてください」とお願いし、「この科だとこのくらい稼げるのか」などと勝手に納得していました。本当は、大学の先生の給料はどの科もみんな一緒ですから、無意味なことだったのですが。

 現在は私自身も、統括責任者として外科学講座を代表する立場です。いつ私のような不遜な学生に「財布を見せろ」と言われるか分からないので、財布の中味が寂しくならないように見栄をはっています(笑)。

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