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最後に、1年の留学を振り返って

2008/08/29

 2007年6月に始まったこのブログも今回で終了。最後に改めて、1年の留学を振り返ってみたい。

 今回の留学は自分にとって、非常に有用だった。幼稚園から大学に至るまで教育を受けて来たが、それらと違うのは、自腹を切っての留学であり、医者になってから勉強してみたいと思った領域を学ぶことができたという点だ。

 大学までは学費も生活費も親に世話になっていた。しかし今回は、幸いにも奨学金をもらえて留学費用の4分の1程度は賄えたものの、残りほとんどは自腹。「元を取らなければ」と思う分、勉強にも熱が入った。

 興味を持った分野をアメリカにまで渡って勉強できたことは非常に幸せだったのだが、今でも不思議なのは、その分野が医学部生のときには全く興味がなかった「公衆衛生」だったということだ。何しろ、「このような知識が医者に必要なのか」と思っていたくらいなのだから。本当に知りたいこと、知るべきことが社会に出てから分かるということは多いと思う。日本は大学全入の時代になりつつあるが、大学院で勉強することの意味合いは、これからかなり変わるのではないだろうか。

MPH取得はスタートライン
 大学院で勉強したのは臨床疫学のほか、統計学、会計学、リーダーシップ論、倫理、医療情報学、社会疫学など多岐にわたるが、必ずしもそれらの専門家と同等の知識を身につけたわけではない。臨床研究についても、自分ひとりで研究デザインを組むのは無理だし、専門的な統計処理に精通したわけでもない。

 では、自分は何を身に付けたのだろうか? 大きな収穫だったと理解しているのが、臨床疫学者や統計学者、公衆衛生の専門家たちとディスカッションをするために必要となる、共通言語の基礎を学べたことだ。買ったばかりのパソコンに、WordやExcel、Power Pointといったソフトをインストールしたばかり。今の自分の状態はこう例えることができるだろう。

 つまり、WordやExcelを何のために、どのように使いこなすのかは、今後の自分次第ということだ。専門家を目指すのであれば、Doctoral コースやPhD コースに進む必要があり、いずれにしても、MPH(Master of Public Health)の取得はスタートラインに過ぎない。

 もっとも、“病気”や“治療”を違った観点から見ることができるようになったのは1年前と比べて大きな変化だと思う。以前は疾患の発症に社会環境が影響することを考えたり、疾患をマスとして捉えることはできなかったが、HSPHでその重要性を学ぶことができた。と同時に、逆にミクロから見ることの必要性も。また、基礎から臨床への橋渡し研究、いわゆるTranslational researchの重要性も実感した。

英語はやっぱり難しい…
 留学前は、「1年も海外生活をすれば、英会話はほとんど困らないくらいになるだろう」と思っていたが、全くの間違いだった。恥ずかしながら今でも、聞き取れないことは多いし、考えていることが口から出てこないこともしばしばだ。ディスカッションになると、なおさらである。

 現在、日本にも公衆衛生大学院が多く開設されてきているようだが、日本語で学べるのならば、それに越したことはないと思う。

著者プロフィール

内山 伸(ハーバード公衆衛生大学院生)●うちやま のぼる氏。1999年佐賀医大(現佐賀大学)卒後、1999〜2001年聖路加国際病院内科レジデント、2001年同チーフレジデント、2002年同病院呼吸器内科。2007年7月留学。

連載の紹介

内山 伸の「ハーバード留学日記」
2007年7月から1年間、米国ハーバード公衆衛生大学院(Harvard School of Public Health)に留学した内山氏。日々の授業の内容や米国の医療事情、ボストンでの生活を紹介します。

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