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日本発のバイパス手術トレーニング装置を知ってますか?

2009/06/03
津久井宏行

ピンク色のチューブが「BEAT」に組み込まれている人工血管。質感を本物の血管に近づけるために、朴さんは500人以上の心臓外科医に実際に使用してもらったという。

 日本では、年間約5万例の心臓手術が行われているが、それを多数の病院(約500病院)と多数の心臓外科医(心臓血管外科専門医数:約2000人)で分け合っており、外科医1人当たりの執刀数が限られている。加えて、患者の高齢化、再手術の増加、オフポンプバイパス手術の一般化、ステント挿入後で吻合部位が限定されている症例など、症例の難易度は年々上昇しており、若手心臓外科医が執刀できるチャンスは減少しているのではないだろうか。

手術機会に恵まれない日本の若手心臓外科医
 オフポンプバイパス手術とは、従来、人工心肺を使用し、心停止下に行っていたバイパス手術を、侵襲を軽減するために人工心肺を使用せずに心拍動下で行うバイパス手術である。直径1~2ミリほどの細い血管を縫い合わせる作業を、心臓の動きを止めないで行うため、心停止下で行われていた従来のバイパス手術と比較すると、技術的難易度はワンランク上になる。そのため、若手外科医が執刀できるチャンスが少なくなっている。

 実際、2003年に日本胸部外科学会が、卒業後10年以内の若手医師を対象に行った調査では、心臓外科で最も一般的な手術である「冠状動脈バイパス術(オンポンプ)」を1度も執刀した事がない若手医師が77%いるという結果になった(詳細は「胸部外科医処遇に関する調査」参照)。

 手技は自分でやってこそ身に付くものであって、机上の学習のみではできるようにはならない。そんなことは、どの上級医も十分すぎるほど分かってはいるけれど、1人当たりの執刀数が限られている現状や、近年増加している訴訟リスクを考えると、なかなか若手外科医に執刀の機会を与えることができない、というジレンマを抱えているようだ。

 そんな問題を解決するために、面白い試みに挑戦しているエンジニアがいる。早稲田大学理工学部の朴栄光さんだ。

本物の質感にこだわった人工血管
 彼は、オフポンプバイパス手術トレーニング装置「BEAT」を開発した。「BEAT」は、擬似心臓、擬似血管(写真)、擬似血管を心臓の拍動に似せて振動させる装置を組み合わせたものだ。この装置を使うことにより、本物の心臓手術さながらのトレーニングを、いつでも、どこでも行うことを可能にすることを目指している。

 開発に当たり、朴さんが最も苦労したのは、吻合トレーニングに使用する人工血管を、いかに本物の血管に近づけるかということだったそうだ。細い血管同士を髪の毛ほどの細い手術用糸で吻合するため、人工血管が硬すぎても、やわらかすぎてもトレーニングにならないからだ。そこで、人工血管の質感を本物に近づけるために、朴さんは心臓外科医に実際に使用してもらって意見を集めていった。朴さんが意見を聞いた心臓外科医の数は、500人以上に上るという。私も意見を求められた一人だ。

著者プロフィール

津久井宏行(東京女子医大心臓血管外科准講師)●つくい ひろゆき氏。1995年新潟大卒。2003年渡米。06年ピッツバーグ大学メディカルセンターAdvanced Adult Cardiac Surgery Fellow。2009年より東京女子医大。

連載の紹介

津久井宏行の「アメリカ視点、日本マインド」
米国で6年間心臓外科医として働いた津久井氏。「米国の優れた点を取り入れ、日本の長所をもっと伸ばせば、日本の医療は絶対に良くなる」との信念の下、両国での臨床経験に基づいた現場発の医療改革案を発信します。

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