前回のブログ(2008.12.5「家庭医の役目は都会と僻地で違っていい」)には、たくさんコメントをいただいたので、今日はそれに答える形でお話しをしていきましょう。みなさんのコメントの論点は大きく3つあったと思います。1つが、家庭医という名称について。家庭医というと、英国の制度を連想される方が多いようですが、そこを僕がどう考えているか。もう1つは、それに関連しますが、フリーアクセスの問題。3つが前回のブログの主題でもあった地域特性についてです。
まず1つ目の、家庭医=イギリスの制度かということに関して。日本でイギリスの制度を説明するとき、GP(General practitioner)を「家庭医」と翻訳してきた経緯があるので、日本では家庭医というと、イギリスという印象が強いのだと思いますが、われわれは必ずしもイギリスの家庭医を想定しているわけではありません。
医療というのは、社会に根差したものですから、社会の形態に合わせて考えないといけない。イギリスはイギリスで考えてそうなったんでしょうけど、わが国はわが国で考えないといけない。同じように、家庭医療というとアメリカのファミリーメディスンをイメージする方もいると思いますが、それをそのまま持ってきても、やっぱり日本では無理じゃないかなと思います。
われわれは、病院の勤務医、あるいは専門で開業している先生に比べて、全般的に総合的に患者を診ることができる医師というおおまかなイメージでとらえてディスカッションしています。まだ総合医=家庭医的なニュアンスであり、断定的に定義を絞っているわけではないとご理解ください。
今、日本でこの問題を議論するときのポイントは2つあって、1つが患者さんがいきなり大病院の外来、つまり専門家集団のところに行ってしまい、医師も患者も互いにストレスを感じているのではないかということ。紹介外来が普及していきて、だいぶ回避されてきたけれども、全部解決したかというとまだそこまでいっていない。
実際、当院の外来に来ている患者さんを見ても、専門病院の外来でなくても済むケースが多い。癌の術後の経過は当院で専門家が診る。これは当然ですが、当院の役割はそこまでで、その人全体を診るという能力は当院の外来にはない。当院がそこまでやろうとしたら経営破綻しています。それ以上に、患者さんにとっても、慢性疾患を持っている、あるいはほかの病気の治療している、他科のことも診てもらいたいというときには、総合的に診る能力を持った医師に定期的に診てもらった方がメリットが大きいはずです。
もう1つが、家庭医あるいは総合医の教育システムが確立されていないということです。ただ、地方には、その土地、土地の特性があるので、ある程度まで中央で決めて、後は各地域でモディファイできるようにする、といった形にすべきではないでしょうか。例えば、家庭医としての後期研修が3年あるいは5年だとしたら、その間の収入の保障は一律にしましょうとか、その間にここまでのトレーニングをしましょうとか、そういう大枠までは国が決めるけど、細かいカリキュラムは各地域で作ってもらう。そんなイメージです。
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著者プロフィール
土屋了介(国立がんセンター中央病院院長)●つちや りょうすけ氏。1970年慶応義塾大卒。慶応病院外科、国立がんセンター病院外科を経て、2006年より現職。

連載の紹介
土屋了介の「良医をつくる」
「良医を育てる新しい仕組みをみんなで作り上げよう」。医学教育、専門医制度の論客として知られる土屋氏が、舛添厚労大臣直轄の会議と同時進行で議論のタネを提供。医師、医学生、医療関係者から広く意見を募ります。
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