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円熟期の黒澤明の集大成か
理想の医師像『赤ひげ』は傑作か?
時代とともに変わる評価の面白さ

2015/12/02
冨田和巳(こども心身医療研究所)

 『赤ひげ』は常識的には連載の第1回に取り上げるべき映画であるが、少々へそ曲がりの私はそれをせず、最終回に私なりのうんちくを述べて連載を終わる。

 黒澤明が山本周五郎の原作を基に、本作を撮ったのは昭和40(1965)年で、日本映画の衰退が年々叫ばれ5年あまりが経過していた。この作品で黒澤の目指したのは、自ら描き続けてきたテーマ「未熟な若者を老賢者が導き育てる」の集大成と、「日本映画健在」を示したい第一人者として自負であった。

患者と所長に導かれ真の医療に目覚める青年医師
 御殿医になりたくて長崎で修業してきた青年医師(加山雄三)が、貧民施療院「小石川療養所」で不本意ながら働く中、患者との関係を通して、真の医療に目覚めていくという話で、それを導くのが所長(三船敏郎)である。いくつかの挿話が描かれており、その最初は青年医師が自信満々の鼻を折られる精神科的疾患の女性患者(香川京子)の話である。また、女郎屋から救い出した、心を開かない少女(二木てるみ)への治療を通して彼は精神的に成長していく。

 最も力が入っていると思われるのは、自分のことより他の者を気遣う「訳あり」の患者(山崎努)が、死ぬ間際に語る薄幸な娘(桑野みゆき)との馴れ初めから悲劇的な結末への話である。晩秋から冬への彼らの逢引画面の白黒の息を飲む美しさは、後に黒澤が特に求めた映像美の先駆けとして特筆に値し、藤原鎌足扮する老人の臨終場面の映像美も凄いものがある。残念ながら、かなり安っぽく空々しさが出る少年の挿話で終わるのは、後に述べるこの映画の本質を象徴しているようにも思える。

 これら挿話を通して、加山はこの貧民施療院で本気で働こうと決意し、黒澤思想の集大成が表現されていく。前に『生きる』で述べたように、音楽に詳しい黒澤は、ここで「ベートーベンの第九、それもフルトヴェングラー指揮によるものが聞こえてくる」ことを求めた。長年コンビを組んできた作曲家の佐藤勝は、自己の個性を犠牲にして純古典的で、ブラームスやハイドンそのものといえる音楽を書きあげた。そのため佐藤は、この映画の音楽を気に入っていないらしいが、私の耳にはぴったりだと感じる。タイトルで重厚な響きのブラームスの交響曲第一番の第四楽章の主題にかなり似た曲が出るが、すぐに物売りの声や風鈴の音が入るかたちで中断されるなど、扱い方に佐藤の抵抗があると推測する。ブラームスの主題そのものが第九にかなり似ているから、佐藤はまさに少々ひねってこの黒澤の欲求を満足させたのであろう。

著者プロフィール

冨田和巳氏(こども心身医療研究所所長/大阪総合保育大学児童保育学部教授)●とみたかずみ氏。1967年和歌山県立医大卒。小学生の頃から映画を観つづけ、映画鑑賞が最大の趣味。『小児心身医学の臨床』(診断と治療社)、『小児心療内科読本』(医学書院)などでも映画を扱ったコラムを執筆した。

連載の紹介

冨田和巳の「映画で考える医療と社会」
今や、DVDや映画専用チャンネルなど、映画は自宅で簡単に鑑賞できる時代です。これまで映画館に行く時間がとれなかった映画好きの医師に向けて、医療・医師を中心とした作品を紹介します。映画評論家風のコメントではなく、臨床医の立場から、映画を通して見た医療と社会について意見/異見を綴ります。

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