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江戸時代に全身麻酔を施行した華岡青洲を題材にした傑作映画『華岡青洲の妻』(1967年)
美談の影に隠れた嫁姑の葛藤

2015/11/05
冨田和巳(こども心身医療研究所)

 2年ばかり続いた本欄も今年で終わることになり、残り2回となった。全体に洋画が多かったので、最後に邦画の、それも通常なら連載の最初に持ってくるべきとっておきの傑作を紹介したい。今回は、世界で初めて全身麻酔を実践した華岡青洲の足跡を、実に見事な小説に仕上げた有吉佐和子の『華岡青洲の妻』を増村保造監督が撮った映画。次回最終回は、実在した診療所ながら、創作された医師2人を主人公にした黒澤明監督の『赤ひげ』(1965年)とする。『赤ひげ』の映画は、原作者の山本周五郎をして「原作より素晴らしい」と称賛させた。華岡青洲も赤ひげも、ともに江戸時代の医師である。

自らを人体実験に捧げた妻と母が抱えた壮絶な葛藤
 華岡青洲は、世界で初めて全身麻酔による乳がんの手術を行った、日本が誇る和歌山の医師である。残念ながら、医師の中でも一部にのみに知られていた存在であったが、同県出身の有吉佐和子の小説で一躍一般にも知られるようになった。私が学んだ地元の和歌山医大でも、それまでなかった徽章のデザインに、青洲が麻酔に使った曼陀羅華(朝鮮アサガオ)をあわてて(?)採用したくらいである。

 本作は、文化元年秋(1804年)、世界で初めて全身麻酔で乳癌の手術を行った華岡青洲の偉業を描くが、本当の主題は壮絶な嫁姑葛藤である。恐らく有吉は自分の郷里のこの偉人の生涯を取材中、進んで自らを人体実験に捧げた妻と母の美談を多く聞いたのであろう。そしてその表面に出た行為の内にある嫁姑の葛藤と、それを自分の仕事に利用した青洲の仕事へのあくなき情熱とエゴを読み取ったのであろう。表立っては奥ゆかしく冷静で賢く美しい女性2人が、1人の男性(青洲)を間に繰り広げる壮絶な争いは、江戸時代ゆえに表に現れることなかっただろうが、「さもありなん」と思わせるのは才女と謳われた有吉の筆力である。本映画は小説発表(昭和41[1966]年)の翌年に制作され、同年にテレビ化や舞台上演もなされるほどの話題作であった。

彼を医師にするべく自ら実験台に名乗り出るなど、親族中が必死になって応援する姿は異様とも取れる。しかし、男尊女卑の江戸時代、地方の貧乏医者の家であれば、青洲の妹たちが犠牲になっても不思議ではない。映画の終わりで、癌で死にゆく独身の妹が「私は結婚しなくてよかった。嫁いびりにもあわず、姑にもならずにすんだ」と述懐することで、嫁姑の壮絶な葛藤を傍で見ていた感想を言わせる。加えて、「それを知りながら自分の仕事に利用する兄の男としての怖さ」をしみじみ語らせる。これはもちろん作家の創作であろうが、この言葉によってこの物語の本質を観客に強調する。

著者プロフィール

冨田和巳氏(こども心身医療研究所所長/大阪総合保育大学児童保育学部教授)●とみたかずみ氏。1967年和歌山県立医大卒。小学生の頃から映画を観つづけ、映画鑑賞が最大の趣味。『小児心身医学の臨床』(診断と治療社)、『小児心療内科読本』(医学書院)などでも映画を扱ったコラムを執筆した。

連載の紹介

冨田和巳の「映画で考える医療と社会」
今や、DVDや映画専用チャンネルなど、映画は自宅で簡単に鑑賞できる時代です。これまで映画館に行く時間がとれなかった映画好きの医師に向けて、医療・医師を中心とした作品を紹介します。映画評論家風のコメントではなく、臨床医の立場から、映画を通して見た医療と社会について意見/異見を綴ります。

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