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父性社会・英国が表現する日本的心情『秘密と嘘』(1996年)
エディプスコンプレックスの西洋が描く日本的阿闍世コンプレックス

2015/07/15
冨田和巳

 先月紹介した『あなたを抱きしめる日まで』と同じく、若い女性の過ちが話の発端になる英国映画の傑作が、20年ばかり前に公開されている。この映画も題名がカタカナでなく日本語であり、父性社会・英国が母性社会・日本に特有とされている「母子関係の深層心理」を扱う傑作である。1996年のカンヌ映画祭で最優秀作品賞を取り、キネマ旬報のベストテンでも1位になるなど、封切当時、古風な邦題(直訳)にもかかわらず、見た人は絶賛した地味な作品。

 映画は参列者がほとんど黒人という葬式の場面から始まる。一瞬画面に現れる黒人女性の母親の葬式で、次の場面は彼女が、養母の逝去後に実母を探し始める場面になる展開は、あまりにも唐突ですぐには飲み込めない(養父は以前に亡くなっているらしい)。眼鏡士の彼女は誠に慎ましい聡明な女性で、自分を大事に育ててくれた養父母に遠慮し、生前はそのような行動を採らなかったようである。これもある意味日本的。

 次いで突然、下町に住むあまり豊かでない暮らしぶりで「無教養」な中年女性と、その娘とのしっくりいかない関係が描写される。中年女性の実兄は中流階級に属し、写真屋を営み、種々の家族像をファインダーから見てきたが、妻との間に子どもはいない。この黒人女性、中年女性と娘、子どものいない夫婦の主要人物5人が揃うまでのカット割りや描写がかなり分かりづらいが、その後に問題を孕んだ5人の人間模様は実に生き生きと分かりやすく、迫力を持って描かれていく。

 監督のマイク・リーは脚本を使用せず、俳優にある程度の設定を知らせておいて、自然に彼らが演じるのを撮るという。出だしの混乱と中盤から終盤への素晴らしさの「ちぐはぐさ」はこのためとは思えないが、全体を通して緻密な脚本に沿って撮られているように見える。

西洋の「エディプスコンプレックス」と日本的な「阿闍世コンプレックス」
 血のつながりを大切に考えるのは、日本を含むアジアなど非西欧圏で、家族主義(血縁主義)が社会を大きく支配している。この地域では民主主義が芽生えない後進国と西洋から捉えられてきており、今でも隣国を見ると、かなり納得できるものがある。日本は非西欧圏で最も早く「西洋化」を成し遂げ、民主主義もそれなりに根付いているので、古い家族主義とうまく調和した「温かい好ましい社会」が形成されたと私は思っている。この国の母子関係に潜む特徴は「阿闍世(あじゃせ)コンプレックス」と呼ばれる子どもの母親への複雑な思いである。

 ギリシャ神話を題材に、男子の親への秘めたる心理を「エディプスコンプレックス」と命名したフロイトに、古澤平作はインドの仏典から「阿闍世コンプレックス」と命名した概念で、日本人の子どもがもつ母親への複合した思い(complex)は西洋とは異なると、ウイーンに出かけてフロイトに提出した。国を2000年も失い、世界をさまよったユダヤ民族のフロイトに、常に国の安全が保障されていた島国・日本人の心性が理解できず、興味を示さなかっただけでなく、このような感情は東洋など後進国か、西洋でも僻地のロシアのものだと蔑視した。

 エディプスコンプレックスは基本に「息子の父親への思い」で、「罪は罪」という厳しさを示し、西洋社会を支配する思想。阿闍世コンプレックスは子どもの「母親への思い」を表し「許し許され型」意識で、まさに日本そのものである。この英国映画はこの日本的心情を主題にしている、と私には解釈できる。「コンプレックス論」を紹介する紙数はないので、ご興味のある方は専門書か、拙書『小児心身医療の実践』(診断と治療社)か『小児心療内科読本』(医学書院)を参照してほしい。

 地球上の国々は精神風土によって、住民全体の心性や文化がそれぞれ異なってくるので、私はあらゆる子ども(当然、大人も)の問題は、これを抜いて云々すると本質を見逃すと考えてきた。わが国はしばしばこれを無視して、欧米の社会・病理現象をすぐにそのまま取り入れる専門家が多く、その弊害が強いというのが私見。精神医学でも米国の現象から「多重人格、PTSDや小児のうつ病が日本にも増加している」というような見解がソレ。私は著書や論文でこれらを否定し、「日本社会では本質的に多くない。米国を有難がる医師と製薬会社が増加させ、それに影響されやすい人が患者になっている」と主張している。

 本映画のように、父性社会・英国で、阿闍世コンプレックスを主題にした映画が撮られたことは、個々の人間の本質は変わらない証明であるが、集団(社会)を支配する思考・文化は、先に述べたように西洋と日本はかなり異なる。精神科領域では特にこの基本にある「個」と、「集団」の問題をあらゆる場合にしっかり区別して、患者や環境を捉えないと、大きな誤りをする。この区別を認識できないのも、母性社会の欠点とも言えると、私は考えている。

 この映画はぜひ、多くの方に見ていただきたいので、冒頭のややこしい部分のみ本欄で取り上げ、その後の筋運びと感動的な終幕はあえて書かず、背景の問題のみを論じた。

著者プロフィール

冨田和巳氏(こども心身医療研究所所長/大阪総合保育大学児童保育学部教授)●とみたかずみ氏。1967年和歌山県立医大卒。小学生の頃から映画を観つづけ、映画鑑賞が最大の趣味。『小児心身医学の臨床』(診断と治療社)、『小児心療内科読本』(医学書院)などでも映画を扱ったコラムを執筆した。

連載の紹介

冨田和巳の「映画で考える医療と社会」
今や、DVDや映画専用チャンネルなど、映画は自宅で簡単に鑑賞できる時代です。これまで映画館に行く時間がとれなかった映画好きの医師に向けて、医療・医師を中心とした作品を紹介します。映画評論家風のコメントではなく、臨床医の立場から、映画を通して見た医療と社会について意見/異見を綴ります。

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