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カトリックの暗部から広がる悲劇を巧みに描写
父性社会英国が作る「母もの」映画『あなたを抱きしめる日まで』(2014年)

2015/06/15
冨田和巳

 カタカナ題名全盛時代の現代に珍しい、「見たい」と思わせる邦題の付いた英国映画である。原題は外国映画に多い主人公の名前「Philomena」で、これをそのままカタカナで表記しなくて良かったと、見終わってつくづく思った次第。実話によっている内容は素晴らしく、英国版「母もの」とも言うべき映画である。

 政治番組のキャスターが番組から降ろされ、受けた健康診断でややメタボの傾向ありと診断される場面から映画は始まる。本筋は幼児期に我が子と無理やりに別れさせられた母親が、片時も忘れたことのない我が子を50年後に探すものである。これにくだんのキャスターがドキュメンタリー番組に仕上げようと関わっていく。
母親は英国に住むアイルランド人で、10代の頃に過ちを犯し、婚外子を生む。今を去る70年ばかり前の出来事である。アイルランドは隣国の英国と異なるカトリック国。英国とは宗教や経済その他で複雑な関係があり、北アイルランドでの対英テロが長く続いてきた。

 テロといえば、最近はアラブの過激派によるさらに「無差別」なものが主になるが、それ以前はアイルランドの対英テロが有名で、今からみれば、それなりに節度ある地域限定の攻撃であった。これは映画に多く扱われ、最大傑作はキャロル・リード監督の『邪魔者は殺せ』(英国公開1947年)である。テロ実行犯の絶望的な末路を格調高く夜の多い場面で白黒画面に描いた。この名作は封切当時、小学生で見た私にも絶望的な雰囲気を感じさせ、傑作はあらゆる世代にそれなりに受け入れられる要素を持つと、後年感じさせる1本となった。リード監督は翌年同じ路線で『第三の男』(英国公開1949年)を撮り、映画史上燦然と輝く名作にし、世界の巨匠となった。

実話から炙り出されるカトリック社会の闇
 そのカトリック社会のアイルランドで、当時「ふしだら」なことした娘は、生まれた乳児とともに教会が引き取る。こう書くと宗教的救いを行っているようにみえるが、映画では教会が娘を過酷な洗濯女としてこき使い、生まれた子どもは「子どもを欲しい」人に売って金を得ていたという風に描かれている。それ故、彼らは50年後の彼女の子探しに非協力的で、妨害さえしようとする。「カトリック、否、あらゆる宗教の行う慈善行為の一部に、暗い面があるのでは?」と、私たちが考えざるをえない描き方は、実話である以上、興味津々である。

 こうして、ニュースキャスターは番組をいかに「売れる番組」にしていくかを考えながら、彼女の子探しに援助の手を差し伸べる。母親の息子探しに賭ける思いの深さと、出来上がった番組の視聴率が気になるキャスターの思いに、自分たちの過去を隠すカトリック教会の姿が絡み、話(実話)は謎解きの面白さも加えて進んでいく。途中で子どもは米国にもらわれていった可能性がありそうだと分かり、映画は種々の驚きの事実を炙り出して終わる。ぜひ、この映画を見てもらいたいので、カトリック教会が関わる部分は、推理映画的面白さもあると指摘するだけで、中盤からの筋は詳しく書かない。最後に、まさに「事実は小説より奇なり」が明らかになる。

 母親に扮するジュディ・デンチは舞台出身で、手堅い演技でこれまで数々の映画で脇役を演じてきたので、味わい深い演技をみせている。ただ、彼女は1995年制作の『ゴールデンアイ』以降の「007」シリーズで上司Mを演じ続けているから、その印象が強くなり、少し違和感が出るのは残念。

著者プロフィール

冨田和巳氏(こども心身医療研究所所長/大阪総合保育大学児童保育学部教授)●とみたかずみ氏。1967年和歌山県立医大卒。小学生の頃から映画を観つづけ、映画鑑賞が最大の趣味。『小児心身医学の臨床』(診断と治療社)、『小児心療内科読本』(医学書院)などでも映画を扱ったコラムを執筆した。

連載の紹介

冨田和巳の「映画で考える医療と社会」
今や、DVDや映画専用チャンネルなど、映画は自宅で簡単に鑑賞できる時代です。これまで映画館に行く時間がとれなかった映画好きの医師に向けて、医療・医師を中心とした作品を紹介します。映画評論家風のコメントではなく、臨床医の立場から、映画を通して見た医療と社会について意見/異見を綴ります。

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