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夫の浮気に腹を立て、娘を置いて家を出た女医
中年の孤独と被虐待児の悲哀から始まる『草原の椅子』(2013年)

2015/05/18
冨田和巳

 画面に突然、パキスタンの辺境を乗合バスで旅する日本人の熟年男性2人と中年女性1人、5歳の男の子という「訳あり」に見える奇妙な4人組が登場する。「とうとう来ましたね」という女性の言葉の後、すぐに場面は東京に替わる。本作の始まり方も、最初に「ちょい」重要な場面を、何も分からない観客に少し見せる、最近の映画の定石である。

 一流カメラ会社に勤める中年後期の佐藤浩一は、大学生の娘とやもめ暮らし。女医の妻は娘を夫の下に置き、男と出奔しているという、誠に現代的父子家庭である。なお、妻が家を出たのは先に佐藤の浮気があったためで、これも「旦那がすれば私(妻)もする」と現代的!まさに“男女平等”。この佐藤と仕事上で付き合いのある、大阪のカメラ販売店の店主・西村雅彦の2人は、ひょんなことで商売を離れた「親友」になる。

 仕事に張りを感じて働いてきた2人だが、何処か空虚感が漂う人生に疲れて結びついたようなところがある。これが始まりで、次は映画なら必ずある美女(吉瀬美智子)の登場になる。当然ながら、脇役専門の西村でなく主役の佐藤が一目ぼれするのも定石通り。古瀬も佐藤も共に「バツイチ」で、恋愛関係になっても問題はない。

子どもを虐待する父と母の見事な描写
 この中年3人の交わりが、つつましく好ましい形で進行していく中で、佐藤の娘(大学生)が関わっていた被虐待児を、娘の思い入れから佐藤が面倒をみる展開になる。導入部に描かれるありきたりの付き合いや恋愛から、被虐待児の登場で物語が発展し佳境に入っていく。

 ここで当然ながら、子どもを虐待する親も登場する。虐待児の親が登場すると、観客の彼らへの素朴な不快感が、それまでの「心地よい話の流れ」を乱すように感じられ、仕方のないことながら、少し違和感を覚える。それは虐待する親が、この映画の主人公たちの常識的人間関係と異質だから当然で、母親を演じる小池栄子が熱演すればするほど、その演技への驚嘆・称賛とは別に、調和を乱すように思えてくる。中村靖日演じる父親も情けなさをうまく出し、まさに子どもを虐待する両親としては実によく描けていて、ここだけでも一見の価値がある。

 原作になった宮本輝の小説では、章を変えれば読者の頭は自然に切り替わるが、2時間程度の映画では、観客の頭の切り替えの有無にかかわらず突然場面が替わるので、見る側の感情整理がうまく働かない。

著者プロフィール

冨田和巳氏(こども心身医療研究所所長/大阪総合保育大学児童保育学部教授)●とみたかずみ氏。1967年和歌山県立医大卒。小学生の頃から映画を観つづけ、映画鑑賞が最大の趣味。『小児心身医学の臨床』(診断と治療社)、『小児心療内科読本』(医学書院)などでも映画を扱ったコラムを執筆した。

連載の紹介

冨田和巳の「映画で考える医療と社会」
今や、DVDや映画専用チャンネルなど、映画は自宅で簡単に鑑賞できる時代です。これまで映画館に行く時間がとれなかった映画好きの医師に向けて、医療・医師を中心とした作品を紹介します。映画評論家風のコメントではなく、臨床医の立場から、映画を通して見た医療と社会について意見/異見を綴ります。

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