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ナチス裁判を題材に思考停止した表面的正義の危うさを指摘
ヘビースモーカーの政治哲学者の勇気『ハンナ・アーレント』(2013年)

2015/04/10
冨田和己

 本欄は、映画好きの素人が書く「映画を題材にした随筆」なので、評論家が称賛する芸術性の高い難解な作品は基本的に扱わない。私の能力の問題でもある。以前取り上げた芸術的映画『風にそよぐ草』も、いかに監督が一人よがりで、面白くないかを指摘し批判した(中年の女医をストーキングする初老の男性の物語『風にそよぐ草』(2009年))。今回紹介する「主人公が政治哲学者」で「ナチの裁判」を扱っているこの映画も、評論家好みで難解そうにみえる。しかし誰でも理解できるメッセージの明解さと、感動的な幕切れが素人にもよく分かるようになっているので、積極的に取り上げる。

ヒトラーの部下、アイヒマンの実際の裁判映像を挿入
 映画はどこか分からない闇夜の道を走るバスのヘッドライトが近づいてくる場面から始まる。ここから降り立った人物がトラックに引きずり込まれ、スリラー映画調な滑り出し。しかし即座に場面は中年女性が夜中に眠れないままソファーでたばこを吸っている場面になるので、凡人には状況が飲み込めず混乱する。次はニューヨークの夜景になるから、彼女がニューヨークに住んでいるというぐらいは分かるが、「難解な映画になりそう」と嫌な予感をさせる。

 やがて、ユダヤ人を強制収容所へ移送するに当たり指揮的役割を担ったドイツの親衛隊員アドルフ・オットー・アイヒマンがアルゼンチンで逮捕されたと報じる場面になり、「始まりの場面はそういう意味だったのか!」と分かる。私が常に嫌がる、この頃の映画に特徴的な始まりの形式。

 たばこを吸っていた中年女性は、米国に亡命したユダヤ人哲学者のハンナ・アーレント(1906~1975年)。彼女はアイヒマンの裁判を傍聴するため、雑誌に傍聴記を書く契約をしてイスラエルに出掛けて行く。裁判の場面は記録映画を使っており、本物のアイヒマンが登場し、実際の裁判における彼の人となりが映される。

思考停止した思い込みこそが悪を生む
 ナチスのユダヤ人大量虐殺は、誰もがその異常性から「狂気・悪魔のような人物が行ったこと」と捉えがちである。しかし、「ヒトラーやヒムラーからの命令を実行しただけ」と繰り返すアイヒマンから、自ら思考しない小役人的人物像を浮かび上がらせる。

 記録映画が挿入されることで、彼女の結論を誰にでも納得させる力強さを感じさせる。この映画の最も優れているところである。そして、世間の多くが常識的に「思い込んでいるもの」でも、自らの頭でもう一度考え、おかしいと思えば勇気を持って発言すべきと訴える。映画は色々勉強させてくれる素晴らしい媒体であると、改めて認識した。

著者プロフィール

冨田和巳氏(こども心身医療研究所所長/大阪総合保育大学児童保育学部教授)●とみたかずみ氏。1967年和歌山県立医大卒。小学生の頃から映画を観つづけ、映画鑑賞が最大の趣味。『小児心身医学の臨床』(診断と治療社)、『小児心療内科読本』(医学書院)などでも映画を扱ったコラムを執筆した。

連載の紹介

冨田和巳の「映画で考える医療と社会」
今や、DVDや映画専用チャンネルなど、映画は自宅で簡単に鑑賞できる時代です。これまで映画館に行く時間がとれなかった映画好きの医師に向けて、医療・医師を中心とした作品を紹介します。映画評論家風のコメントではなく、臨床医の立場から、映画を通して見た医療と社会について意見/異見を綴ります。

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