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映画の黄金時代最後の俳優の死
悪性腫瘍で亡くなった妻の遺言『あなたへ』(2012年)
ロードムービーが繰り広げる訳あり人生の数々

2014/12/16
冨田和巳

 高倉健が先の11月に亡くなった。享年83歳。2年前、81歳の時に出演した本作が最後になった。監督は初期のやくざ映画から、高倉と20本の映画を撮った降旗康男。『単騎、千里を走る。』(2006年、日中共同制作で、高倉に心酔していた中国のチャン・イーモウと降旗康男の共同監督)から6年ぶりの出演となった。彼ほどの俳優が6年も映画に出られないのが、日本映画界の現状を端的に示している。

 映画館で映画を見る観客数は昭和33年(1958年)の年間11億人余りをピークに年々減少し続け、昭和40年代後半から1億あまりでほぼ一定している。言うまでもなくテレビが最大の原因だったが、最近は映画専門のテレビ局やDVDを通して家庭で映画を見る者も多くなったので、新たな市場も考え、もう少し工夫して頑張ってほしいものである。公開される作品数だけ最盛期と同じでも、映画らしい/映画でなければ描けない作品は少ない。これなら全盛時代に撮られた膨大な傑作を再上映する方が、「資源の無駄遣いをせず、楽しめる」と私は考える。

 都会では複数の映画館を集めたシネコン(cinema complex:複合映画館)全盛で、劇場がまるで学校の教室のようなかたちになり入れ替え制となった。その上アナログのフィルムでなくデジタル映像になって、味気ない限りである。映画があらゆる面で「映画らしさ」を失っていくと嘆くと同時に、映画全盛時代の俳優(優れた人)も消え、最後に残った高倉も鬼籍に入った。

成人版「アイドル映画」として楽しめる
 本作は、晩婚の夫婦の妻が残した遺言をめぐる物語。富山の刑務所で指導教官を勤める高倉は、彼が常に演じる「真面目で不器用な堅物」で表情を顔にあまり出さない。田中裕子が演じる妻はワケありだったものの幸せな生活を送っていたが、悪性リンパ腫で急逝する。死後に他人の手(遺言サポート協会)を介して、「故郷の海に散骨してほしい」と書かれた絵手紙の遺言を受け、彼が戸惑うところから映画は始まる。

 ワケの分からないまま、彼は退職後に妻と一緒に旅に出る目的で、自分が改造し始めていたキャンピングカーを完成させ、富山から飛騨高山、大阪、竹田城、下関などを経由して、妻の故郷、長崎平戸の小さな漁港に到着し、散骨して孤独な旅を終える。映画が最も得意とする「ロードムービー(road movie)」である。

 ビートたけし、草彅剛、佐藤浩一、余貴美子、名脇役でこれも最後の作品になった故・大滝秀治など、旅の途中で出会う人々もそれぞれに問題を抱えており、高倉の気持ちに刺激を与えていく。しかし寡黙なので、どのような影響を与えたのかは分からない。妻が散骨を希望した理由や、遺言を2通に分けて夫に直接言わなかったこともはっきりしないまま終わるので、見る者によって解釈は違ってくる。始まりに「謎」を提示しても、途中や最後で誰にでも分かるように解き明かし納得させ、観客は個々に感慨にふけるのが名画と私は考える。そのため、芸術映画はともかく、観客に意味を解釈せよというような撮り方には共感できない。

 また、このように本筋は観客の解釈に委ねられたままなのに、高倉が散骨する漁村で展開する佐藤と余の付随した話は最後に謎が明らかにされて映画も終わる。これでよけいに結末がはぐらかされたような違和感を持つ。

 現代の映画の特徴である、過去と現在が唐突に入れ替わる構成は、最初、過去をセピア調(古い色褪せた写真の色)で現在と区別していた。これなら良いと思ったら、途中からはあいまいになる。舞台になる各地の風物を表すために、大阪では「虎きち」が食堂のテレビ中継で阪神の優勝に騒ぐ場面を設定している。着想は良いのだが、これを背景に夫婦が重要な会話をするので、肝心の言葉が聞こえにくくなる。

 このように「もう少し丁寧に!」と思えるところがかなりあり、不全感がいくつか残る。しかし見ている間は、ロードムービーの面白さに加え、これほど高倉らしさを表した映画はないと思われるぐらい徹底しているので、いわば成人版「アイドル映画」として満足できる。長年コンビを組んできた降旗監督らしい仕上がりで、高倉の最後の作品に相応しい。

著者プロフィール

冨田和巳氏(こども心身医療研究所所長/大阪総合保育大学児童保育学部教授)●とみたかずみ氏。1967年和歌山県立医大卒。小学生の頃から映画を観つづけ、映画鑑賞が最大の趣味。『小児心身医学の臨床』(診断と治療社)、『小児心療内科読本』(医学書院)などでも映画を扱ったコラムを執筆した。

連載の紹介

冨田和巳の「映画で考える医療と社会」
今や、DVDや映画専用チャンネルなど、映画は自宅で簡単に鑑賞できる時代です。これまで映画館に行く時間がとれなかった映画好きの医師に向けて、医療・医師を中心とした作品を紹介します。映画評論家風のコメントではなく、臨床医の立場から、映画を通して見た医療と社会について意見/異見を綴ります。

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