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患者役のハル・ベリーにNarrative Based Medicine(NBM)を実践
多重人格を誠実に描いた『フランキー&アリス』(2014年)

2014/09/17

 本欄は、「連載の紹介」でも述べているように、忙しい医師がいつでも好きな時間に見ることのできるDVDのなかから、医療や医師を扱った作品を紹介するのが目的である。しかし本来、映画は映画館の暗闇の中、反射光による大きな画面で見るもの。今回はこれから映画館で封切られる新作を紹介する(9月20日公開)。

洋画は主人公の名前が題名になっているものが多い。本作品もそうで、『フランキー&アリス』となっている。しかしこれは2人の人物でなく、多重人格解離性同一性障害)の黒人女性が持つ2つの名前である。彼女がなぜ多重人格になったのかを探っていくのが主題で、今から半世紀前の米国映画『イブの三つの顔』(1957年)に極めて似た筋である。『イブの三つの顔』で主役のジョアン・ウッドワードの人格が変わっていく演技は、想像を絶する上手さで、アカデミー主演女優賞を取り話題になった。しかし当時、日本では多重人格など全く知られていない上、最後に明かされる原因が、実話を基にしているとはいえあまりに「つまらない!」。そのため、日本公開は無理だと配給会社が判断したのであろうというのが、後年この映画をビデオで見ての感想である。

 今回紹介する『フランキー&アリス』も実話を基にしている。アフリカ系米国人女優で、最近はボンドガールで有名になったハル・ベリーが演じることを熱望し、製作者まで兼ねて映画化したというが、残念ながらウッドワードの足元にも及ばない。もっとも彼女も『チョコレート』(2001年)でアフリカ系米国人として初めてアカデミー主演女優賞を受賞していることを、彼女の名誉のために記しておく。一方、医師に扮するステラン・スカルスガルドは適役で、『イブの三つの顔』のリー・J・コップの医師より好感度が高い。コップは名脇役ながら悪役専門俳優故、違和感が大きかった。

 前置きが長くなったが、本編は1957年のジョージア州の田舎道での交通事故現場に始まり、困惑した女性の大写しが瞬間出る。すぐに16年後の米ロサンゼルスのバーで、黒人のストリッパーが踊る場面に変わる。先の困惑した女性だろうと想像できるが、俳優も違った者が演じるので、分かりにくい。最近の映画は日米を問わず、重要な場面を最初に見せるが、始まったばかりで観客は何のことか分からないまま、話は進む。途中で「ああ!そうか」になるのだが、なぜ、このような形式を採るのか「昔の映画ファン」には分からない。映画の途中や終わりで、最初の場面の意味が分かったからといって、感動が更に深くなって感心するようなことは全くなく、いたずらに頭を混乱させるだけ。なお、彼女が事故に遭う年が『イブの三つの顔』の制作された年であるのは、因果めいている。

 踊りが終わると、妻子の留守の間にこのストリッパーと「コトに及ぼう」とした筋骨たくましい黒人男性の家への場面が移る。彼女は、床に落ちていた人形を踏んづけた途端に言動がおかしくなって交通量の多い道路に飛び出す。その後も混乱を重ね、精神病院へ入院することになる。ここから、原因を探る医師と彼女の物語が始まる。心身医療で重視するNarrative Based MedicineNBM)である(NBMはEBMに関連していわれる言葉で、Narrativeは物語という意味)。

 しかし、彼女を受け持つ医師は研究医という設定で、臨床専門の精神科医よりも人間的。「主人公は、そこに親しみを感じたのかな?」と推測できる描写もあるが、はっきりしない。彼女は以前にもこの病院を受診しているようだが、これもあいまいなまま。

 3番目の人格は黒人蔑視の思想を持つらしく、これがかなり重要なポイントとなる。アフリカ系アメリカ人の父とイングランド出身の白人の母を持つ女優のバリーが強く映画化したいと思ったのもココにあると推測するが、これもあまりはっきり描かれていない。その他にも随所に不全感の残る描写はあるものの、医師が統合失調症を疑い、催眠療法(70年代には使われた技法だが現在はあまり使われない)を行いつつ米国映画らしく「精神分析」的に過去が暴かれていく描写は、奇をてらわず誠実で好感が持てる。

 昔から、米国映画では何かあると女性が気を失う場面が多い。これは軽い解離症状で、最重症が「解離性同一性障害(多重人格)」になる。このような文化の米国で、社会環境の悪化から、重症の解離性同一性障害が多くなるのは当然。一般的に、本症は虐待された子どもに多い。自分を最も可愛がって育て、絶対的依存の対象になるべき母親が虐待するのだから、精神を「虐待され痛みを感じる」肉体から解離させ「狂わない」ようにする防御反応である。父性社会米国では虐待が極めて多い点から、ある程度出現するのも納得できる。

 平成12年(2000年)には、わが国でも『ISOLA多重人格少女』が制作されるほど、本症が知られるようになったが、母性社会日本では米国に比べれば極めて少ない現象のはず。「心」の関与する医学領域では、米国に追従する医師が多い。この医師たちが、本症からPTSD、子どものうつ病などが米国で言われ始めると、文化差を考えずに「日本にもある」と言い出す。それをマスコミが興味本位で取り上げるため、憑依的に患者が増加すると私はみている。

 この映画の結末は明かせないが、彼女が発症した原因は虐待によるものではない。しかし納得でき、最初の場面が引き金になっているとだけ言っておく。

著者プロフィール

冨田和巳氏(こども心身医療研究所所長/大阪総合保育大学児童保育学部教授)●とみたかずみ氏。1967年和歌山県立医大卒。小学生の頃から映画を観つづけ、映画鑑賞が最大の趣味。『小児心身医学の臨床』(診断と治療社)、『小児心療内科読本』(医学書院)などでも映画を扱ったコラムを執筆した。

連載の紹介

冨田和巳の「映画で考える医療と社会」
今や、DVDや映画専用チャンネルなど、映画は自宅で簡単に鑑賞できる時代です。これまで映画館に行く時間がとれなかった映画好きの医師に向けて、医療・医師を中心とした作品を紹介します。映画評論家風のコメントではなく、臨床医の立場から、映画を通して見た医療と社会について意見/異見を綴ります。

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