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オードリー・ヘップバーンの理知的な美貌が主人公にマッチ
アフリカの奥地で働く医師を助ける看護尼僧の決断『尼僧物語』(1959年)

2014/06/13

 映画の黄金時代、まさに綺羅星(Star)のごとく、多くの魅力あふれる女優(優れた女性)が外国にも日本にもいた。私など見る映画、見る映画、主人公の美女に惚れ続けたので、彼女らは今も輝く星である。時に自分が年をとったのにも関わらず、年老いたかつての美女が最近の映画に出たのを見るとがっくりくるのは、昔の銀幕の星を胸にとどめておきたいからである。かつての名俳優が紙おむつのCMに夫婦で出てくると、いずれ自分も厄介にならなければならない物であっても、「止めて!」と叫びたくなる。どうか「優」れたままでいて欲しかった!「凡」人になっては困るのである。

輝き続ける永遠の女優、オードリー・ヘップバーン
 さて、古い女優にも関わらず、現在まで常に根強い人気があるのはオードリー・ヘップバーンただ一人でなかろうか。一世を風靡した美人女優はあまたいたが、いずれも過去のスターで、その女優が活躍した頃に青春時代を送った者にとってはスターであっても、現役ではない。ところが、彼女は今も現役でコマーシャルにも使われ、テレビでも常に彼女の出演作品が放映され、人気は衰えない。だから亡くなってもCMに若い姿で登場する。

 彼女は言うまでもなく『ローマの休日』(米国、1953年)で彗星の如く登場し、特にわが国で人気が出た。水戸黄門の話に根強い人気があるように、わが国は「偉い人」のお忍び話が好きなので、巨匠ウィリアム・ワイラー監督の良くできた映画でありながら、公開当時から本国よりも日本で高く評価された。今ではそれが世界的にも定着したようなところがある。

 そのヘップバーンが出演した映画は多くあるが、私が最も彼女に相応しい役柄で、映画自体も傑作が、今回ご紹介する『尼僧物語』(米国、1959年)と思っている。この映画の制作裏話が監督の自伝に出ていて興味を引いた。俳優のゲイリー・クーパーが原作の「還俗した尼僧の自伝」を読み、監督のフレッド・ジンネマンが興味を持つだろうと本を送ったことに始まる。クーパーはジンネマン監督の傑作『真昼の決闘』(米国、1952年)で2度目のアカデミー賞を取っている。恐らく監督の姿勢に共鳴すると共に、この小説は監督に撮って欲しいと思ったのであろう。

 クーパーの予想通り、ジンネマンは興味を示したが、何処の映画会社も「尼僧になる苦労話など映画に相応しくない」と拒絶され続けた。ところが、これをヘップバーンが演じたいと言ったことから、映画化が決まった。彼女にも監督にも、なにより私たちファンにとってもまことに幸福なことであった。『ローマの休日』の彼女の魅力も忘れ難いが、理知的な顔が主人公にピッタリで、本作の彼女はさらに素晴らしい面を魅せてくれた。

尼僧の決断を描く白眉のラストシーン
 舞台はベルギー。映画は尼僧になろうと決心した主人公が修道院に入る朝に始まる。彼女は医師である父親の仕事を通じて、アフリカに行きたいという志が強かったが、当時の女性は簡単にアフリカに行けなかった。そこで、唯一の手段である看護尼僧になろうと決心したのである。映画は、尼僧になる厳しい修行を興味深く、観客を飽きさせないよう描いており、これがジンネマンの才能である。

 種々の試練の後、彼女はアフリカに行き、現地でピーター・フィンチ扮する少し変わり者の医師の助手としてしっかり働く。しかし、種々の体験を通して、人間の本性を殺して神に仕える戒律に耐えきれなくなり、折からナチスドイツの侵略にあった母国ベルギーの状況をみて尼僧を辞め、地下組織に入る決意をするところで映画は終わる。

 ラストシーンは17年ぶりに尼僧の服を脱いで、修道院の裏出口から出て行く彼女を後ろから長回しで撮り、突き当たりで左右のどちらに行こうか一瞬迷った彼女が左に向かい、視野から消えるところで終わる。信念、気概、勇気を常に持ち続け、還俗後も持ち続ける、否、この精神があえて還俗を決心させたのであるが、音楽は一切無しで、実に余韻ある終わり方。これ見よがしでない地味なこのラストシーンこそ、数ある名画のラストシーンの白眉である。

 ここにも裏話がある。会社は、「わが社の映画は音楽が高らかに鳴って終わる」定石から外れていると猛反対したそうである。映画音楽大好き人間の私でも、ジンネマンが会社と喧嘩をしても音楽を入れなった見識に脱帽!ココは音楽が入らないから、よけいに彼女の揺るぎない姿勢と、それまでの話の感動が観客の脳裏に甦る。

著者プロフィール

冨田和巳氏(こども心身医療研究所所長/大阪総合保育大学児童保育学部教授)●とみたかずみ氏。1967年和歌山県立医大卒。小学生の頃から映画を観つづけ、映画鑑賞が最大の趣味。『小児心身医学の臨床』(診断と治療社)、『小児心療内科読本』(医学書院)などでも映画を扱ったコラムを執筆した。

連載の紹介

冨田和巳の「映画で考える医療と社会」
今や、DVDや映画専用チャンネルなど、映画は自宅で簡単に鑑賞できる時代です。これまで映画館に行く時間がとれなかった映画好きの医師に向けて、医療・医師を中心とした作品を紹介します。映画評論家風のコメントではなく、臨床医の立場から、映画を通して見た医療と社会について意見/異見を綴ります。

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