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フランス産の戯曲を珠玉の翻案によって日本に移植した傑作
庶民的で好ましい“家庭医”が奏でる『愛の讃歌』(1967年)
“年の差婚の男”を“好人物の医者”に置き換えた山田監督の才覚

2014/05/14

 第3回の本欄(「国民的映画『男はつらいよ』に登場した医師たち」)で、山田洋次監督は超一流であると述べた。誰もが楽しめる娯楽映画『寅さん』を48本も撮り続けると同時に、ベストテン上位に顔を出す『家族』(昭和45年[1970年])、『幸福の黄色いハンカチ』(昭和52年[1977年])など、多くの名作を世に出した稀有な才能を持つからである。映画は芸術的であるより、まず娯楽でなければならない。

 山田監督を絶賛する私が、中でも彼の最高傑作と考えているのが、今ほど有名ではなかった昭和42年(1967年)に撮った『愛の讃歌』である。当時、山田は上映時間1時間半程度の小品を多く撮っており、この映画もその中の一つ。

 ちなみに、最近の映画は水増しで、2時間を超えるものが多すぎる。昔の映画のほとんどは1時間半前後に凝縮され、どうしてもその時間で描き切れないものだけが2時間を超えていた。

フランスの戯曲を翻案した傑作『愛の讃歌』
 『愛の讃歌』は一世を風靡したシャンソン歌手エディット・ピアフの持ち歌の題名。後に彼女の生涯を描いた映画も、『エディット・ピアフ~愛の讃歌~』(2004年)なる題名になっていた。しかし、本作はシャンソンにもピアフにも関係なく、まさに「日本的愛の賛歌」である。ただし、本作はフランスの有名戯曲家マルセル・パニョルの『マリウス』『ファニー』『セザール』三部作から翻案(大筋を真似て、細かな点を変える技法)したものであるため、フランスには関係がある。

 外国の小説や映画には人名の題が多い。これもその一つで、物語はマルセイユの港町を舞台に繰り広げられる。美しい娘ファニーが恋人マリウスの子どもを宿すが、夢多きマリウスは娘を放って航海に旅立つ。残されたファニーは子供を産むが、恋人は帰ってこない。そこで、マリウスの父親であるセザールの友達が、全てを承知でファニーと結婚してマリウスの子供を育てる。そこにマリウスが帰ってくるという筋立て。

 元々戯曲のため、映画化は戦前からなされてきた。有名なのは、米国産ながら、俳優にフランス勢を使い、原作に忠実に撮ったジョシュア・ローガン監督の『ファニー』(1961年)である。3年後、本家のフランスで、舞台をマルセイユからシェルブールに、時代も現代に移し、台詞をすべて歌にしたミュージカル仕立ての『シェルブールの雨傘』(1964年)が撮られた。こちらはカンヌ映画祭でグランプリを取っている。すべての台詞が歌になっており珍しがられたが、歌劇は全編歌で筋が進行するので、いわゆるポピュラー音楽による歌劇スタイルと思えば、斬新でも何でもない。それから4年後に撮られた『愛の讃歌』は、山田版の『ファニー』。彼の類まれなる翻案の才能をいかんなく発揮し、先の米国産や本場産よりも、数十倍優れた作品になった。

好人物の医師に昇華させ日本人の心に溶け込ませた山田作品
 舞台は瀬戸内海の小さな島。妊娠した身寄りがない娘を、好人物な村の中年医師が引き取る。そして生まれた子供を可愛がっているところに、若者が帰ってくるという展開に原作を変えた。私たち日本人には違和感のある、原作の「かなり年上の父親の友達と娘が結婚する」部分を見事に翻案し、日本人の琴線に触れる、切なく哀しい情感溢れる筋にした。医師に扮するのは好人物を演じさせればピッタリの有島一郎。本欄でこれまで登場した医師は「偽」か、少々「難あり」ばかりであったが、7回目で庶民的で好ましいいわゆる“家庭医”の登場である。

 娘は倍賞千恵子、若者は中山仁が演じた。若者の父親が伴淳三郎で、この父親が経営する船着き場の「何でも屋」に太宰久雄、千秋実、渡辺篤、左卜全、小沢昭一など芸達者の脇役が集まってくる。彼らの日常の交友と世間話に花を咲かせている描写は、山田の得意とする落語の世界。これらが通奏低音になって、娘と若者の主題が奏でられ、聴かせどころが独奏楽器の医師になる。

 よく指摘されるように、山田には寅さんを代表に、現代で失われがちなほのぼのした日本的日常生活が描かれる映画が多い。本作はまさに、「若者の愛」と「庶民の愛」に「切なく哀しい日本的愛」がある賛歌になっている。私はこの作品の中に、山田の全てが入っていると高く評価するが、ほとんど話題に挙がらない忘れられた名作である。

著者プロフィール

冨田和巳氏(こども心身医療研究所所長/大阪総合保育大学児童保育学部教授)●とみたかずみ氏。1967年和歌山県立医大卒。小学生の頃から映画を観つづけ、映画鑑賞が最大の趣味。『小児心身医学の臨床』(診断と治療社)、『小児心療内科読本』(医学書院)などでも映画を扱ったコラムを執筆した。

連載の紹介

冨田和巳の「映画で考える医療と社会」
今や、DVDや映画専用チャンネルなど、映画は自宅で簡単に鑑賞できる時代です。これまで映画館に行く時間がとれなかった映画好きの医師に向けて、医療・医師を中心とした作品を紹介します。映画評論家風のコメントではなく、臨床医の立場から、映画を通して見た医療と社会について意見/異見を綴ります。

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