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教授戦に医療ミス、当時の空気感に作品がマッチ
医師必見の傑作「白い巨塔」(1966年)

2013/11/13

 2013年9月、山崎豊子氏が88歳で亡くなった。山崎氏は社会派の小説家で、その作品の多くがそのときどきの社会問題をタイムリーに取り上げたものであったため、多くのヒット小説を生み出した。同時に、資料をそのまま使うために、しばしば盗作騒ぎも引き起こしており、こちらでもよく話題になった。

 社会的関心の高い題材がほとんどなので、当然のごとく多くの作品が映画化されている。最も有名になったのは、初期の傑作で、昭和38年(1963年)から「サンデー毎日」に連載が始まった「白い巨塔」であろう。2年後に完結し、その翌年、山本薩夫監督、田宮二郎主演という「これ以上に適切な監督と配役はない!」と思われる組み合わせで、大映が世に送り出し、大ヒットとなった。

 その後すぐにテレビドラマ化され、主人公の財前五郎を佐藤慶が演じたが、田宮の存在感が圧倒的であっため、10年後のテレビ版では、何と田宮が演じることになった。テレビにはその後もほぼ10年ごとに登場し、5年前には韓国版も放映された。

 この映画が制作された当時は、邦画が斜陽への道を歩み始めていた時期であった。だが、まだまだ映画界は自信をもっていたので、映画で主役を演じた俳優が同じ役をテレビでも演じることなどなかった。しかし、この映画を制作した大映もその後倒産した。

 今や映画に往年の輝きはなく、DVDの販売を当てにし、テレビドラマではやったものを映画化する時代になってしまった。テレビに田宮が出たのも、適役であるという理由以上に、こうした時代の移り変わりがあったと思われるが、映画ファンとしては残念である。

学園紛争の根源になった医学部インターン制度反対の動きに連動
 さて、「白い巨塔」の話に戻る。今更、内容の紹介は必要がないほど有名な作品だ。阪大がモデルとされる、大阪の大学病院での教授選を巡る権力闘争と、初期癌を見逃す医療ミスを軸に書かれている。助教授である外科医の主人公が、その実力と妻の実家の財力という「鬼に金棒」の状態で教授選に臨む姿と、それに反対する勢力が泥沼の闘いを繰り広げる。

 毎日新聞の元記者であった山崎氏は、当時から公然の秘密になっていた医学部の教授選の不明瞭さを軸に、野心に燃える助教授を主役にし、医局講座制の持つ「徒弟制度」の暗部を描いたのだった。また、このときはちょうど内部からも改革を望む青年医師連合(青医連)の活動が活発になっており、誠にタイムリーであった。

 私が医学部を卒業した当時は、青医連運動の最盛期だった。医学部に端を発した学生運動は、後に安田講堂(東大)での機動隊と学生の攻防(昭和43年[1968年])に繫がっていった。同じ年の5月、学生によって、パリでいわゆる「五月革命」が発生し、世界的に学生の政治的活動が盛んな時代であった。

著者プロフィール

冨田和巳氏(こども心身医療研究所所長/大阪総合保育大学児童保育学部教授)●とみたかずみ氏。1967年和歌山県立医大卒。小学生の頃から映画を観つづけ、映画鑑賞が最大の趣味。『小児心身医学の臨床』(診断と治療社)、『小児心療内科読本』(医学書院)などでも映画を扱ったコラムを執筆した。

連載の紹介

冨田和巳の「映画で考える医療と社会」
今や、DVDや映画専用チャンネルなど、映画は自宅で簡単に鑑賞できる時代です。これまで映画館に行く時間がとれなかった映画好きの医師に向けて、医療・医師を中心とした作品を紹介します。映画評論家風のコメントではなく、臨床医の立場から、映画を通して見た医療と社会について意見/異見を綴ります。

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