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祝DHZB25周年! ベルリンで「ぬるぬるじーべん」を思う

2011/07/21

 恩師Roland Hetzer教授がドイツベルリン心臓センター(Deutsches Herzzentrum Berlin:DHZB)を設立して今年で25年になります。DHZBは、僕が若かりし頃に4年間過ごした留学先。今回は25周年のお祝い会にご招待頂き、昨年に引き続きまたまたベルリンを訪問しました。

哀れなり、ジェームズ・ボンド
 DHZBの周りや僕が住んでいた地区は、この地を去った1999年と全く変わらない一方で、中心部は前回訪問時からのわずか1年間で大きく変わり、街で一番大きかった映画館とお土産物屋(のようだけどよく分からない店たち)が連なるアーケードはなくなっていました。

 留学時代に、この映画館で「007」シリーズの「ゴールデン・アイ」を観たことがあります。ベルリンに来たばっかりでまだドイツ語は拙く、語学学校に通っていた頃です。窓口で「double O-seven」と英語で告げると、売り場のお姉様はとてもそのかわいい口から発せられたとは思えないようなぶっきらぼうな口調で、「ばす?(独語でWas? 英語でWhat?)」と怪訝な顔。一瞬不安になりましたが、すぐに「あっ、なるほどね!」と気づきました。「確かに、日本でも古い人はそういう言うし」と気を取り直し、今度は自信満々で「ゼロゼロセブン~」と笑顔で伝えました。ところが…

 「ばすばす、ばあぁ~す?」

 彼女は、まるで異星人を目の前にしているかのような表情で繰り返します。こっ、これはまずい! ドイツ語に毒されて英語力も衰え、なんと「ゼロ」も「セブン」も通じなくなったか…。

 既に言葉の壁がベルリンのそれより数倍高くかつ厚いことを痛感し、自暴自棄になった僕は、「007なんてどうせつまらないに決まってる、ふん!」と諦めモードで帰りかけたのですが、ちょっと悔しいので、最後の手段「ボディーランゲージ」に望みをかけることにしました。で、映画ポスターを「これ」とばかりに指さすと、そのべっぴんさんはこう言いました。

「ぬるぬるじーべん?」
 
 これ、日本語で言えば「れいれいなな」です。ええっ! そこまでドイツ語にしちゃうの? 何か、時報や天気予報の電話案内番号のような間の抜けた感じ…。それに、“ぬるぬる”じゃ、世界を股にかける色男スパイのジェームズ・ボンドとしても、きっと複雑な気持ちでしょう。

 「007を“ぬるぬる”にしてしまうこの地でやっていけるのだろうか?」。僕を不安にさせたあの出来事を懐かしく思い出しながら、映画館が消えてしまったのをちょっと寂しくも感じました。

寝入ればHetzerのメスが飛ぶ? 緊張の25周年式典
 25周年式典はベルリン市庁舎、通称“赤の市庁舎”で開かれました。宰相ビスマルクの就任式の絵画が飾られている大広間で、オーケストラとオペラ歌手によるパフォーマンス付きの3時間に及ぶ式典。

 しかし、かつては流れるように理解できたドイツ語は既に雑音にしか聞こえず、延々と続く演説は当然聴き取れず、時差も相まって死ぬほど眠く…。しかし、ここで斜め左のおじさんのように寝息を立てると、Hetzerのメスが飛んで来かねない。どうしよう! リアルに眠い。そうだ! ベルリンに向かう機内で読んだ村上春樹の短編小説「眠い」を思い出そう! って、もっと眠くなってきたではないか! もうダメだ…と、撃沈寸前のところで式次第の最後であるLa Traviata 「乾杯の歌」となり、どうにか事なきを得た次第です。

 式典の後は、ベルリンメッセ近くのパレスでの、何と2000人以上が参加する祝賀会です。夜7時から始まり、何となく終わったかなぁというのが深夜1時頃。その後は、ドイツ式“ダラダラどろどろごちゃごちゃ”の飲み食べ騒ぎで、参加者が解散したのは明け方の5時前という怒濤のパーティーでした。で、記念式典で睡魔との戦いに敗北寸前だった僕ですが、その後のパーティーでは元気に飲み、食べ、騒ぎました。人間なんて、そんなもんです、はい(笑)。

目指せDeBakey、99歳まで現役外科医!
 式典の前日には、DHZBにも赴きました。それにしても、25年で、心臓手術は7万件以上、心肺移植は2200件。う~ん、単純に数だけでも、本当にすごい! 「こんなところにいたんやなぁ~」と、ただただ感謝です。

連載の紹介

昭和大元教授「手取屋岳夫の独り言」
「最近の日本の医療って、ちょっとおかしくない?」…と愚痴は出るものの、医師という仕事はやっぱり素晴らしい!一外科医として、大学教授として、教育者として感じた喜び・憤り・疑問などを、時に熱く、時には軽〜く、語ります。

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