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“根室食い倒れ事件”から3年、知床に医師を派遣

2011/04/19

 地域医療支援として、うちの医局から北海道斜里町に医師を派遣しました。

 斜里町ってどこ? 網走市のさらに東で、世界遺産“知床”そのものです。北海道への支援は2回目ですが、どこもきっと大変なのでしょう。だって、東京のうちのような小さいチームに依頼が来るのですから。

 北海道からの1回目の依頼は、思い起こせば約3年前、根室市からのSOSでした。申し出を受けて根室に赴いた日の夜のことは、今でも鮮明に思い出せます。その後しばらく、「森永おっとっと」(魚介類の形をしたスナック菓子)を食べられなくなるとは、その時には考えてもみませんでした…。

「次から次に魅力的な…」忘れられない根室での夜
 中標津空港に降り立つと、根室市役所の方が迎えに来てくれていました。根室までの70km、一般道を時速○kmでぶっ飛ばす車は、なんと走行距離30万km以上というトヨタのクラウン。「一度も故障したことがないんですよ」「トヨタの実力ってすごい!」などと四方山話をしている間に根室に到着。

 国後島がすぐそこに見えている。まさに国境の町、最果ての地。そこら中に「返せ!」の旗が立っている。さすがに根室ぐらいになると、“北方領土”という言葉は必要なく、ただ「返せ!」で十分なのか? それとも道路標識がロシア語併記になっているくらいにロシア人が多いから、ちょっとばかし気を遣っているのか…。

 市役所で病院の実情を聞くと、道内の大学の医局からの人員引き上げで悲惨な状況とのこと。「何とか力になってあげたいなぁ」と、1年間限定でサポートすることになりました。

 で、話はまとまり、その夜は歓迎の席が設けられたわけですが、それからがすごかった…。

 “初根室”ってことで、みんなでお寿司さんに行くことになりました。ところがそこにまず出てきたのは、なぜか知床牛のすき焼き(えっ?)。さらには牛肉のお寿司と続き、その後にいよいよ待望の魚介! お刺身に焼き物、煮物と次から次へと出てくる。どれもかなり美味しい! けれどちょっとお腹いっぱいだなぁと思ったころ、「じゃ~センセ、そろそろ」と声がかかりました。「ふぅ…我ながら最後までよく頑張って食べた」とホッとしていたら、直後、耳を疑うような一言が。

 「そろそろ食事にしましょうか?」

 はぁ??? で、出てきたのは山ほどのお寿司…。じゃあ、さっきのすき焼きおよび魚介類は何だったの? もしかして前菜? ウ、ウソ…。

 が、そこは招かれている身。“来るもの拒まず”的に「おいしい、おいしい」と笑顔で(心中は既に半泣き!)、人生これほど食べたことがないくらい食べました。その後、親睦も兼ねてカラオケってことになり、「よかったぁ、これで食事も終わりだぁ」と喜んだのも束の間、カラオケなのに、なぜかカニ茶碗蒸しにカニ雑炊と、心づくしならぬカニづくしが運ばれてくるのです。

 「さすがにレポ船の花咲ガニは違うねぇ」などと、際どいジョークで気を紛らわせながら食べ続けました。喉元から北海の魚介類が今にも遡上しそうなのをどうにか押しとどめ、ようやく食べ切ったと思ったら、再び信じられないような一言が。「根室ラーメンって食べたことあります?」

 「だ、だ、だから根室は初めてだって言ってるじゃん!」。既に正気を失いかけている僕は心の内でそう叫んだものの、ニコニコしながら善意で勧めてくれる相手にそうも言えず、結局、死ぬ気で完食しました。

翌朝は根室港に“連行”され、漁師の賄い飯でトドメ(泣)
 翌早朝。ご丁寧にお迎えに来ていただき、なぜか根室港に一直線!朝はコーヒーだけで十分って思っていたのですが、ちょっと嫌な予感…。

連載の紹介

昭和大元教授「手取屋岳夫の独り言」
「最近の日本の医療って、ちょっとおかしくない?」…と愚痴は出るものの、医師という仕事はやっぱり素晴らしい!一外科医として、大学教授として、教育者として感じた喜び・憤り・疑問などを、時に熱く、時には軽〜く、語ります。

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