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医療界にも忍び寄る「思考停止社会」

2011/01/21

 元東京地方検察庁検事で名城大学教授(コンプライアンス研究センター長)の郷原信朗先生のいくつかある著書の中に、『思考停止社会』(講談社現代新書)があります。今の社会、特に日本においていかに“思考停止”がはびこっているか、この本を読むとよく理解できます。

 この本の冒頭で郷原先生は、「ドラマ『水戸黄門』では、葵の御紋入り印籠が8時45分に登場して物語に終止符が打たれる。ところが、これが8時5分に出てきたらどうなってしまうだろう?まさに今の日本は“8時5分に印籠が登場するドラマ水戸黄門”になっている」と指摘します。

 郷原先生が「水戸黄門の印籠」で例えたものとは、法令や社会の暗黙のルールです。日本人は「印籠」を出されるとひれ伏してしまう。そして、メディアや世の中は、深く考えもせずにひれ伏した者へのバッシングに加担する。半面、法令やルールさえ守っていればそれでいいという安易で危険な考え方が広がっている。まさに思考停止社会―というのが、先生の訴えていることです。

 医療も、まさに思考停止に入っています。細かなマニュアル化、ダブルチェックにトリプルチェック、治療のガイドライン化、病院機能評価などなど、自分たちの判断をあえて棚上げして上位管理体制に委ねることで、結果的に自分たちの直接責任を回避しようとしている。そのシステムにそぐわない出来事が生じた場合でも、ガイドラインやマニュアルを遵守しなかったという理由で、個人を攻撃することが容認されている。

ガイドライン通りの治療なら患者の生死は二の次?
 個々のマニュアルやガイドライン自体は、安全や質を保つ上でとても有効な手段の一つだとは思います。ただ今は、その手段が目的化してしまっています。そのため、「問題をどのようにして解決するのか?」より「取り決めを遵守しているかどうか?」が重視され、現場は解決に向けての思考を止めてしまう傾向が出てきている。

 ある循環器内科医の友人は、ガイドラインによる治療について、こんな話をしてくれました。「患者が残念ながら亡くなったとき、担当の若手医師に『よく頑張ったけれど残念だったな』と声をかけると、彼曰く、『自分はガイドラインに沿って治療できていたので満足しています』。逆に、かなりの重症でこりゃあかんやろ?って症例をなんとか助けたとき、『すごいなぁ!こんな重症例が助かるとはなぁ』と褒めると、『と言われても、自分はガイドライン通りにやっただけですから』と…」。ガイドラインの遵守が治療の本質と勘違いし、臨床の場から、反省や感動が消えつつあると彼は嘆いていました。

 思考停止社会が招くのは、無反省や無感動だけではありません。決断の回避も、また重大な“合併症”です。

 先日ある会で、移植ドナーの経験を持つ衆議院議員河野太郎氏がこう嘆いていました。臓器移植適応拡大に関する法改正の際に行われた専門家へのヒアリングで、何人かの医療従事者から、「脳死と言われても体は温かく、心臓は動いているんですよね。死んでいるとは思えないのですよ」などという素人のようなコメントが出てきて、仰天した…。

連載の紹介

昭和大元教授「手取屋岳夫の独り言」
「最近の日本の医療って、ちょっとおかしくない?」…と愚痴は出るものの、医師という仕事はやっぱり素晴らしい!一外科医として、大学教授として、教育者として感じた喜び・憤り・疑問などを、時に熱く、時には軽〜く、語ります。

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