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サミットと医療―大統領警護から世界の医療団まで

2008/07/15

 洞爺湖サミットも無事に終わり、警視庁の機動隊車両も現地から隊列を組んで帰っていきました。

 こう書くと、何事もなかったようですが、「無事」のためには交通規制一つもトップシークレットだったらしく、突然の規制でずいぶん渋滞する風景も見られました。テロや妨害活動を防ぐには、このようにピリピリした厳戒モードはやむを得ないところだったのでしょう。道警本部長は応援部隊の離道式で感涙にむせびながら支援に謝辞を述べていました。

 ところで、主要国の首脳が一堂に会するサミットですから、警備と共に、医療スタッフもピリピリだったに違いありません。

 サミットに向けて準備が進んでいた本年1月下旬、札幌で厚生労働省と道が主催する隠密会議が開かれました。昨年秋から数回目の「史上最大の作戦」風の会議で、サミットでの救急医療態勢について協議するシークレット検討会です。

 沖縄サミットでは、首脳会合の会場から数キロメートル離れた県立病院を「拠点基幹病院」とし、医師や看護師ら5人1組による計18の専門医療チームが24時間態勢で待機する態勢がとられたそうですが、洞爺湖サミットでは全国から医師や看護師らを200人規模で洞爺湖周辺に集める方針をとることになりました。

 会場の近くにはICU機能を持つバスを待機させ、周辺の複数の医療機関を救急協力病院に指定して万全を期すというのが作戦の大筋です。救急救命医療部門やヘリポートを具備する札幌医大病院や会場のウィンザーホテルを運営するセコムグループが経営する手稲渓仁会病院あたりが、基幹病院に指定され、そのかなめとなったのではないかと推測されます。このようなご指名を受けた医療機関や医師は、その任務の重さだけでない苦労を背負う運命にあります。

 首脳の病気エピソードといえば、今回やってきた現ブッシュ大統領の父ブッシュ大統領が、1992年の来日の際、宮沢首相夫妻主催の晩餐会の最中、突然いすから崩れるように倒れて嘔吐した事件を思い出します。

 その様子は世界中のマスメディアがトップニュースとして報道されましたが、大統領が嘔吐するや否やSPが拳銃を構えてテーブルに乗り、周囲を睥睨(へいげい)してフリーズさせた風景が印象に残っています。

 このとき日本政府は、慶應大学病院を手配したそうですが、米国側はただのインフルエンザに過ぎないからとこれを受諾せず、米国大使館の医務官が対応したといわれています。

 日本が信用されていないというより、これが彼の国のシステムです。米国大統領が海外に行くとなれば、エアフォースワンの護衛かたがたC-5大型輸送機2機が同伴します。大統領が乗る防弾リムジンをはじめ、随員や警備の車、時によってはヘリも運びます。

著者プロフィール

竹中郁夫(もなみ法律事務所)●たけなか いくお氏。医師と弁護士双方の視点から、医療訴訟に取り組む。京大法学部、信州大医学部を卒業。1986年に診療所を開設後、97年に札幌市でもなみ法律事務所を開設。

連載の紹介

竹中郁夫の「時流を読む」
医療のリスクマネジメントを考えるには、医療制度などの変化に加え、その背景にある時代の流れを読むことも重要。医師であり弁護士の竹中氏が、医療問題に関する双方向的な意見交換の場としてブログをつづります。

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