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『アウェイ・フロム・ハー 君を想う』―人生の黄昏どき、その光と陰

2008/06/20

 これは、現在公開中の映画アウェイ・フロム・ハー 君を想う』の原題ですが、彼女は逝ったわけでもなく、離婚したわけでもありません。突然に得た病のせいか、これまでの人生の澱が二人を遠ざけるのか、黄昏どきのカップルが経験する光と陰を描いた素敵な小品のエッセンスです。

 舞台はカナダ、オンタリオ湖沿いの静かな山荘です。60歳を少し過ぎた理知的な女性フィオーナは、18歳の女子大生のときに教官のグラントと結婚して以来、44年間ぴったりと夫婦寄り添って幸せに生きてきました。

 二人は春には近くの自然保護地区を散歩し、冬にはクロスカントリー・スキーを楽しんで森を駆け抜けます。二人仲良くキッチンに立ち、夕食を済ませた後には、グラントがフィオーナに小説を朗読し、夜長を楽しみます。

 しかし、あるとき異常が発生します。映画は、フィオーナが食後に洗い終わったフライパンを冷蔵庫にしまい、グラントがそっとキッチンの収納戸に戻すシーンから始まります。フィオーナはアルツハイマー型認知症を発症しつつあったのです。しばらくして、友人夫婦を招いたディナーの席でワインのスペルが読めなくなりますが、グラントは優しく彼女の失敗をフォローし続けます。

 ある日の夕方、一人でクロスカントリー・スキーに出かけたフィオーナは、自分がどこにいるのかさえ分からなくなります。彼女の病は、自分が今どこにいるかの見当識さえ奪うレベルに進行していたのです。うすうす自分の異常を自覚し、すっかりデスペレートな表情で雪上に仰臥したりもするフィオーナでしたが、うまく自宅に帰ることがかなわずひたすら徘徊を続けます。

 夜になり、妻がいなくなったことに気付いたグラントは車を駆って周囲を必死に捜索し、やっと茫然自失して道端にたたずんでいるフィオーナを発見します。このまま病いを放置しておけないと病識を得たフィオーナは、メドウレイクなる介護施設に入所することを決意します。

 妻の意を受け、この施設を事前に見学したグラントは、女性主任のモンペリエから「施設に馴染むため入所後30日間は面会も電話連絡も禁止する」というルールを知らされ、フィオーナの入所を躊躇しますが、フィオーナの意思は固く、それでも入所することになります。

 施設へ向かう途中、自然保護地区を通りかかったフィオーナは昨春に見た水芭蕉のこと思い出します。しかし、その後に浮かんできたのは、きれいな花のような思い出ではありませんでした。グラントは大学で神話学を教えていたころに、教え子で18歳のフィオーナと結婚しましたが、その後も教え子とわりない仲となることが絶えず、20年前に教授の職を辞してこの地に移り住む前には、妻と別れて自分と一緒になってくれなければ自殺すると叫ぶ女子学生とすったもんだのトラブルを起こしていました。

 フィオーナが語る激しい口調にグラントは返す言葉がありません。日々優しく睦み合うかの夫婦に見えながら、妻には夫に対する強い愛のルサンチマンが存在していました。それでも、施設の広々とした個室で二人は、しばし熱い別れの抱擁を交わします。

 ところが、1カ月後、面会を許されたグラントは、フィオーナが自分のことをまったく覚えていないことに大きなショックを覚えます。それどころか、フィオーナは車いすに乗った緘黙症の男性オーブリーを非常に気に掛けていることを知ります。

著者プロフィール

竹中郁夫(もなみ法律事務所)●たけなか いくお氏。医師と弁護士双方の視点から、医療訴訟に取り組む。京大法学部、信州大医学部を卒業。1986年に診療所を開設後、97年に札幌市でもなみ法律事務所を開設。

連載の紹介

竹中郁夫の「時流を読む」
医療のリスクマネジメントを考えるには、医療制度などの変化に加え、その背景にある時代の流れを読むことも重要。医師であり弁護士の竹中氏が、医療問題に関する双方向的な意見交換の場としてブログをつづります。

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