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クワイエットルームにようこそ――正常と異常のボーダレス時代

2007/10/30

 「10月20日より全国ロードショー」と新聞の映画評で知って、上映が始まったばかりのシネマコンプレックスに出かけてきました。今回はその作品のご紹介です。

 内田有紀演じる28歳バツいちライター佐倉明日香は、ある日目覚めると真っ白な部屋に手足を拘束されていました。そこは通称「クワイエットルーム」と呼ばれる精神科病院の女子閉鎖病棟の保護室だったのです。彼女は大量の薬物をアルコールで流し込み、ここに連れてこられました。しかし、その記憶も残っていません。

 こうして、実際に放送作家でもある宮藤官九郎演じる同棲相手の放送作家「鉄ちゃん」(焼畑鉄雄)の同意がないと退院もできない(医療保護入院?)逃げ場のない閉鎖病棟生活が始まり、明日香の精神は崩壊の淵近くまで導かれていきますが、何とか破綻紙一重の手前で再生の物語を見付けることができます。その入退院の一部始終を描いたのがこの作品です。

 明日香は、別れた元夫の自殺によるトラウマ、フリーライターとして仕事に追いまくられる日々、父の死や同棲相手との愛情生活の軋轢などで、徐々に精神の均衡を失い重度の不眠に陥り、ついには睡眠薬の濫用やアルコール依存から自殺企図に及び、昏睡状態で救急外来に運び込まれます。精神科的な保護治療の必要性が認められ、クワイエットルームに搬入されるのですが、その原因となった精神的ストレスは現代人にとって決して特別のものではありません。「正常」なのか、それとも「異常」なのか、このクアイエットルームにたどりついた人々のあり様は、観る人々にその境界線の不分明さを突きつけます。

 この時代にどこにでもいそうな、しばしば都会の雑踏や一見平和な家庭や職場で見かけてもおかしくない病んだ心が、次々とスクリーンに展開されます。逃げ場のない閉鎖病棟を舞台に、生きることそのものが葛藤の源泉のようでもある現代人の精神世界を描いたこの作品は、文芸誌『文學界』2005年7月号に掲載され、翌06年第134回芥川賞候補にもノミネートされました。演出家、映画監督、俳優、コラムニストと様々なジャンルでクリエイティブな活動を続けてきた松尾スズキ氏が描いたこの作品は、文学作品として新境地というべきはもちろん、精神科医療という極めて社会的で重いテーマを扱って素材に負けないしなやかさを持っています。

著者プロフィール

竹中郁夫(もなみ法律事務所)●たけなか いくお氏。医師と弁護士双方の視点から、医療訴訟に取り組む。京大法学部、信州大医学部を卒業。1986年に診療所を開設後、97年に札幌市でもなみ法律事務所を開設。

連載の紹介

竹中郁夫の「時流を読む」
医療のリスクマネジメントを考えるには、医療制度などの変化に加え、その背景にある時代の流れを読むことも重要。医師であり弁護士の竹中氏が、医療問題に関する双方向的な意見交換の場としてブログをつづります。

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