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「常識」はどこにある?――3題噺のごとく

2007/10/16

 一昔前、非常識という言葉がはやりました。今も使われています。「常識がない」というのですから、「無常識」という言葉があってもいいのでしょうが、そういう物言いはあまり聞きません。今回は「常識」が揺らいでいる“無常識時代”のトピックを3題噺風に語ってみたいと思います。

 まず最初の噺は、「リード・ベビー」あるいは「ベビー・リード」の使用です。先日ある新聞を読んでいたら、「病院に行ったら、若い母親がよちよち歩きの子供に、犬にするようなリードをつけていた。こういう商品が普通にあるのか?虐待なのかよく分からないので普通に通りすぎたが、どうなんでしょう?」という投稿に出会いました。

 実は、私も一度スーパーでこのような風景を見かけたことがあります。実際に、リード使いの親御さんから「よちよちの子供を放置して、事故に遭わせてもいけない。抱っこして、病院や買い物で転落させたり、受診や買い物といった本来の目的を果たせなくなってもいけない。見栄えは犬の散歩のように見えるかもしれないが、現代的で合理的な安全配慮、便利なツールだ」というような意見も聞いたことがあります。

 ある程度高齢の方は「犬のような子供の連れ方はいかがなものか」と感じる方が多く、若いお母さん、お父さん方には抵抗感が少ない、というより「便利で安全な道具、作法だ」という感覚の方が多いようです。実際は、リードをモノや人に引っかけて転倒させる危険もあるので、必ずしも安全、便利とはいえないかもしれませんが、先入観を捨てれば虐待と認識する必要は何もないように思います。

 安全配慮と虐待の認識は、見る者の刷り込みや思い入れによる、際どいところにあるでしょう。格別、非常識と決め付けることもない“無常識”状況の現在を表す風景の一つといってよいでしょう。

 2題目のお噺は、紙おむつの目的外使用(?)の可否、印象の問題です。この問題には、私はかなり前から気がついていました。相談業務で聞いたMRSA感染で死亡した患者さんのご遺族のナラティブです。感染でドロドロになった部位を紙おむつで処置をしていたのが、遺族のトラウマだとおっしゃいます。新品の清潔な紙おむつを使っても、本人や家族にとって汚物処理のスティグマ感覚が心に強く残る、ゆえにガーゼなどの医療用品を使って処置してほしかったというのです。

 9月28日の朝日新聞には、寝たきりの人の髪を洗う際に紙おむつを頭に下に敷くことの是非について、賛否両論の立場を紹介する医療現場レポートを特集しています。一般的に医療者は、清潔(汚染されていない)ならば紙おむつに限らず工夫による目的外使用は何ら問題ないだろうという科学主義的な是非論が中心になります。しかし、患者や家族にとってはお尻に使う排泄用具というイメージングが大きく影響しているようです。

著者プロフィール

竹中郁夫(もなみ法律事務所)●たけなか いくお氏。医師と弁護士双方の視点から、医療訴訟に取り組む。京大法学部、信州大医学部を卒業。1986年に診療所を開設後、97年に札幌市でもなみ法律事務所を開設。

連載の紹介

竹中郁夫の「時流を読む」
医療のリスクマネジメントを考えるには、医療制度などの変化に加え、その背景にある時代の流れを読むことも重要。医師であり弁護士の竹中氏が、医療問題に関する双方向的な意見交換の場としてブログをつづります。

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