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年収の半分が保険料に?トランプの健康保険法案

2017/04/07
緒方さやか

 3月23日、共和党が提案したオバマケア代替案「アメリカ健康保険法案AHCA)」の採決の延期が決定した。法案が下院を通るための賛成議員数を集められなかったからだ。オバマケアを廃止することは、トランプ氏の最も大きな公約の一つだったため、これは大きなニュースとなった。他の医療者仲間と、「患者の命が関わる医療だ。トランプの思い通りにはさせないぞ!」と話し合い、胸がすく思いだったが、よく調べてみると、事態はもちろん、そう簡単ではなかった。

 26歳までは親の医療保険に入ることができるというオバマケアのオプションは、まだ正社員になっていない(もしくはまだ職のない)多くの若者たちにとって便利な、人気の新制度であった。また、従来のアメリカの医療保険は「それまでにかかったことのある病気」はカバーしないという驚愕の条件を被保険者に押し付けることができたが、それを廃止したのもオバマケアだ1)

 9年ほど前に私が職場を変えると同時に健康保険を変えたところ、「Disclosure of pre-existing conditions」という書類の提出を求められた。過去1年以内に起こったことのある病気や怪我は、この新しい保険ではカバーしないので、覚悟するように、という辛辣な内容への同意書である。私は腰痛で医師にかかったことがあるので、新しい職場に変えてからの1年間は、また同じ腰痛になればその分の保険は出ないということだ。医師に15分診察してもらうだけでも数百ドルかかり、MRIを撮影するともなれば1000ドルを超すこともあるアメリカで、これは怖い話だった。

 他にも、「もしも妊娠したら、それに関する医療費は一切カバーしない」「精神疾患などのメンタルヘルスは、必要になってもカバーしない」などの条件付きの医療保険もあった。しかしオバマケアでは、保険プランは全て、最低でも妊娠・出産、メンタルヘルスなどの「Essential Health Benefits(最低限の健康保険援助)」はカバーするように定めている。ちなみに、アメリカでは出産だけに限っても、通常出産で平均3万ドル、帝王切開に至っては5万ドル程度が費用としてかかる2)。これは若い人たちにとって、すぐに支払えるような金額ではない。医療保険に加入していたにも関わらず、もしも妊娠してしまって、妊娠中に問題があったりしたら、借金をするか、医療費のために破産する、ということもあり得る話だったのだ。

 しかし、無保険者が約2000万人減少したとされるものの、年々膨らみ続ける医療費の中で、オバマケアという「手厚い」制度は、完璧にはほど遠かった。保険料が上昇した他、大手保険会社の協力を得るのは難しく、制度から脱退する会社が相次ぎ、選択肢が少なくなるという問題も生じていた。

 また、アメリカでは雇用主を通して医療保険を受ける人がほとんどだ。オバマケア以降は、従業員の医療保険負担を下げる目的で、企業がフルタイムの雇用を渋ることも増加した。もちろん、職にあぶれた人は収入を得られないだけでなく、医療保険にも入れないという理不尽な状況になる。自己負担で医療保険に入るCOBRA制度もあるが、毎月の保険料が非常に高額になるので利用している人はとても少ない。結局のところ、職場を通して医療保険を手に入れるというアメリカの古いシステムは、オバマケアが導入された今も根本的には変わっていない。

 このように、オバマケアにもさまざまな批判があった。そこで、もっと簡単な制度として共和党が提案したのがAHCAであった。医療保険を購入するための税控除の額を、収入ではなく年齢別にいくらと定めている。確かに書類の厚さで計れば、オバマケアよりもずっとシンプルな制度だ3)

 しかし、AHCAでは「低所得者ほど」今まで以上に医療費の負担が増えるうえ、医療保険会社はお年寄りの医療保険費を、若い加入者の5倍まで引き上げることが許されていた4)

 例えば、独身の64歳で年間の収入が2万6500ドルの人は、AHCAでは年間の医療保険費がなんと1万4600ドルにもなると、ハフィントンポストは指摘する5)。年収の半分以上を保険料として収めることとなれば、当然、保険に入らない、もしくは入れない人が増えると予測されている。米議会予算局の発表によると、2026年の時点で無保険状態になると予想される人は、オバマケアの2800万人に対して、AHCAでは5200万人と試算された6)

 逆に超高収入の国民は、AHCAで得をすることになる。年収が20万ドル(約2000万円)を超えれば一気に今までと比べて税控除が増え、年収が100万ドル(約一億円)を超える人は、年に5万1410ドル(約500万円)得をする計算だ7)

 低所得者と身体障害者用の公的医療保険である「メディケイド」への大幅な予算の削減も特徴で、現在介護ホーム(nursing home)に長期滞在している人の6割はメディケイドでカバーされているため、これが削減されるとなると、お年寄りや身体障害者用が路頭に迷う可能性があった5)

 上に述べたような、オバマケアの「Essential Health Benefits」もなくなるため、医療保険に加入していても、万が一の時に役に立たない可能性も出てくる。

 このAHCAには、ありとあらゆる主要な医療団体(アメリカ病院協会、米国看護協会、米国医師会、米国ファミリー・ドクター協会、米国内科医協会、米国ヘルス・ケア協会他)が反対の声明を出した8)

 特に、米国医師会はワシントンDCにおいて大きな力を持っており、精力的なロビー活動を通して、アメリカの政治の行く先に定期的に影響を与えている。それだけに、米国医師会が採決予定の前日に反対の声明を発表したことは、非常に大きな影響があった。以下はその声明文の抜粋である9)

著者プロフィール

緒方さやか(婦人科・成人科NP)●おがた さやか氏。親の転勤で米国東海岸で育つ。2006年米国イェール大学看護大学院婦人科・成人科ナースプラクティショナー学科卒。現在、カリフォルニア州にある病院の内分泌科で糖尿病の外来診察を行っている。

連載の紹介

緒方さやかの「米国NPの診察日記」
日本でも、ナースプラクティショナー(NP)導入に関する議論が始まった。NPとは何か?その仕事内容は?米国で現役NPとして働く緒方氏が、日常診療のエピソードなどを交えながら、NPの本当の姿を紹介します。

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