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「何かを克服したい」人へのコーチングの勧め

2015/03/26
緒方さやか

 これまで、診察にコーチングを取り入れる具体例や(前回記事)、コーチング講座を受けるに至った経緯を書いてきたが(関連記事)、ここで、私が受講したライフコーチング講座、カナダのErickson College International注)の授業の様子を紹介したい。いざライフコーチング講座を探してみると、マンハッタンだけでも選択肢がいくつもあることが分かったが、私は、歴史が長く理論が徹底していそうという理由で、この講座を選んだ。

 そのコーチングクラスは、1~4学期まである会期のいずれも、オンラインでの受講と教室での授業という、二つの受講方法があった。授業のほとんどは、Erickson College International本部のあるバンクーバーで行われるが、アメリカの大都市でも年に数回は出張授業が行われていた。

 私は1期と2期をオンラインで受講した。仕事から帰ってから1日3 時間もパソコンに向かうのは大変だが、実用的な、少人数制の授業だったので飽きなかった。オンラインでの受講は、eラーニングのように一方的に視聴するではなく、受講生が頻繁にペアを組んで互いにコーチングしあう練習時間を挟みながら進んでいく。英語ができて時間さえ合えば、どこからでも参加できるので、中にはイランから参加している人もいた。同じアメリカ国内からの参加者でも、コーチングをビジネスに使いたい会社の社長やその幹部の人たちから、主婦でコーチングビジネスを興そうとしている人、フィットネス・インストラクターまで、多様な人たちがいた。

 3期を始める頃になって、たまたまニューヨークで出張授業があったので、私は有給休暇を取り、妊娠9カ月のお腹を抱えて教室に参加した。

 「何かを克服したいと思っている人はいますか?」

 授業中、コーチ(講師)がそう言って、受講生の中からボランティアを募った。手を挙げた私は、教室の真ん中にデモンストレーションのために立たされた。

 「今日のこのコーチングセッションで、何を達成したいですか?」。まず、コーチから型通りの質問をされる。

 「はい。実は、出産と、これから母親になるということに関して、色々準備をしてはいるんですが……。まだなんとなく怖い気持ちを持っています。その恐怖を取り除きたいです」と私は答えた。

 コーチはうなずくと私に教室の端に立たせ、「ここが、今現在のあなたです」と言った。そして反対側を指差し、「今の状態が『1』だとしたら、向こう端が理想の『10』だ。理想の『10』とはあなたにとってどういう状態ですか」と聞かれ、私は戸惑った。

 「恐怖がない状態」と答えると、コーチはにっこりと笑って聞いた。

 「If there is no fear, then what is there?(恐怖がないとしたら、そこにあるのは、何?)」

 もうすぐ初めて子どもを出産し、育てて一緒に生きていく。そこにあるのが恐怖でないとしたら――。

 急に視界がパッと開けたような気がして、私は 「JOY!(歓び!)」と大声で答えた。そして、「『10』とは、歓びが満ちあふれていて、自分がこの子にとって最高の母親であるとの自信があり、その子と生きていけることを心から楽しみにしている状態です」と説明した。

 「では、『1』から『10』までゆっくり歩いていきます。その時のあなたの気持ちを教えてくださいね。まず、一歩前に踏み出して、そこが『2』です。『2』の状態のあなたは?」

 「そうですね、分娩の痛みとか、リスクとかそういったものに対する恐怖が少し薄れています。これからこの子と過ごす時間についても、大変そうだというよりは、どんな良いことがあるのだろう、と考え始めた状態です」

 「では、さらに一歩前に踏み出してください。そこが『3』です。『3』の状態を教えてください」

 このようにコーチは、『10』まで私をゆっくりと歩かせると、不思議なことに、恐怖は嘘のように消え、私は自信でいっぱいになっていた。それが、薬を使わず、陣痛の合間にワルツを踊りながら、楽しく赤ちゃんを迎えられた理由の一つだと信じている。子どもが生まれてからは挑戦の連続ではあったが、あの時感じた歓びは、不思議に今でも揺らがず、息子との絆を作るのに役立った。

著者プロフィール

緒方さやか(婦人科・成人科NP)●おがた さやか氏。親の転勤で米国東海岸で育つ。2006年米国イェール大学看護大学院婦人科・成人科ナースプラクティショナー学科卒。現在、カリフォルニア州にあるカイザー病院の内分泌科で糖尿病の外来診察を行っている。

連載の紹介

緒方さやかの「米国NPの診察日記」
日本でも、ナースプラクティショナー(NP)導入に関する議論が始まった。NPとは何か?その仕事内容は?米国で現役NPとして働く緒方氏が、日常診療のエピソードなどを交えながら、NPの本当の姿を紹介します。

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