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なんでも盗まれるクリニック

2014/11/21

 NP大学院を卒業したての私は、同じ働くならばより恵まれない人々に奉仕する立場でありたいと、スラム街に位置する少々危険な診療所で働くことにした。患者さんたちは、生活保護を受けているか、健康保険も持っていない人々が主だった。ここは管理もずさんで、医師やNPも短い間にどんどん辞めていく、ひどいクリニックだったが、話題にはこと欠かなかった。中でもよく話に上っていたのは、「今日は何が盗まれたか」である。


 ここでは、ユーモアたっぷり、お腹もでっぷり、の愉快な清掃係のおじさん3人組がガードマンも兼ねていた(その愉快ぶりは連載第47回を参照)。ある日、ラテックス手袋を数箱、小脇に抱えて待合室に出ていこうとする男性を見つけ、呼び止めたと言う。

 「それ、どうしたんですか」

 「あ、先生が、く、くださいました」

 「そんなわけないでしょ!」

 というわけで、ラテックス手袋を取り返して診察室に戻したそうだ。一体どうするつもりだったのだろうか。そのほか、注射針、絆創膏なども盗まれたことがあるため、だんだん、全ては棚の中に入れられるようになっていった。

 さて、色々盗まれるこのクリニックでは、当然、携帯電話やPDA(携帯情報端末)を机に置き忘れようものなら、すぐになくなる可能性があった。ある日、同僚の女性医師は、婦人科の内診を終えた後、 患者さんに着替えるよう指示して診察室を出た。しばらくして、携帯電話がないことに気付き、急いで診察室に戻ったところ、机に置いたはずの携帯電話は消えていた。どうやら、患者さんに盗まれてしまったらしい。その時、憤怒した彼女が発したセリフが忘れられない。

 「I check your vagina and you steal my phone. What kind of deal is that!(私はあなたの膣を検査し、あなたは私は携帯を盗む。なんて交換条件よ、それ!!!)」

 現実には、患者さんを疑ってもまさか荷物検査をするわけにもいかない。メディカルアシスタントなどの入れ替わりも非常に激しいクリニックだったので、犯人がスタッフである可能性だってある。

 こんなこともあった。

 同僚の30歳代の女性医師は、あるお年寄りの患者さんから非常に慕われていた。ある日、「私は貧乏で、何も買うお金がないのだけれど、せめて感謝の気持ちを表したくて」と、ドミニカ共和国料理の郷土料理である豆シチューとゆでたユカ(根菜の一種)を、鍋に入ったまま贈られた。しかも、大鍋と中鍋二つ分。「先生、ご家族と食べてください。お鍋を返して頂くのはいつでもいいですから」と、とっても無垢で親切なそのおばあさんに言われ、彼女は驚きつつもお礼を言った。

 ところが、そのままスタッフルームの冷蔵庫に入れておいたところ、帰宅する時間には、なんと、鍋ごと消えていたのである。よっぽどお腹が空いていたのだろうか。郷土料理がとても美味しそうに見えたのだろうか。同僚は、その貧しい患者さんに、新しい鍋一式を買って返していた。しかし、料理を鍋ごと盗んだスタッフは、一体どうやってシチューなどの入った鍋を二つも持ち帰ったのか?不思議でたまらない。

 しかし、このやくざなクリニックで盗まれたもので、 皆を一番驚かせたのはこの鍋ではない。

著者プロフィール

緒方さやか(婦人科・成人科NP)●おがた さやか氏。親の転勤で米国東海岸で育つ。2006年米国イェール大学看護大学院婦人科・成人科ナースプラクティショナー学科卒。現在、カリフォルニア州にあるカイザー病院の内分泌科で糖尿病の外来診察を行っている。

連載の紹介

緒方さやかの「米国NPの診察日記」
日本でも、ナースプラクティショナー(NP)導入に関する議論が始まった。NPとは何か?その仕事内容は?米国で現役NPとして働く緒方氏が、日常診療のエピソードなどを交えながら、NPの本当の姿を紹介します。

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