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「似合いの夫婦」との思いが見誤らせたもの

2012/07/09

 その華やかな容姿をした40代後半の女性Yさんは、 夫に付き添われてクリニックにやってきた。1年ほど前に結婚し、エクアドルからニューヨークに移住してきたばかりだという彼女は、目鼻立ちが美しいのはもちろん、まるで女優のようにメリハリのある体の線がタイトな洋服越しにもよく分かった。彼女の方は初診だが、少し年下の夫は、もう何年も当院でほかの医師にかかっている。よくお土産を持ってきてくれるので、スタッフたちにも人気だ。長身の夫が妻を気遣って寄り添っている風は、まさに美男美女のおしどり夫婦である。

 しかし、Yさんの顔はうかない様子だった。

 彼女の受診の理由は、甲状腺機能低下症。「今まではエクアドルから持ってきていたレボチロキシンで間に合わせていたのだが、そろそろストックがなくなりそうなので、アメリカで同じような薬を出してほしい」とのことだった。そこで、まず血液検査をする旨などを説明すると、2人はうなずいた。

 その後、夫はふと思い出したように、「もう一つ、相談があるんですが」と言った。「妻は更年期が近いらしく、ほてりなどの症状があって、気分が優れないんです」。Yさんに聞いてみると、確かに生理の周期に変化があり、ほてりのせいでうまく寝付けなかったり、暗い気分になったりするという。そこで私は、甲状腺機能低下症のせいで、うつな気分になる可能性も説明した上で、ホルモンやSSRIなどの薬物治療に入る前に、軽い運動をすることや、更年期障害に効果があるといわれるハーブのBlack Cohoshなどを試すことを勧め、その日の診察は終わった。

診察中に彼女が突然泣き出したワケ
 さて、約束の6週間後。彼女は、今度は一人で受診した。甲状腺の数値は正常だったのだが、診察中に彼女は目を潤ませて泣き出してしまった。エクアドルでは企業のマネジャーとしてのキャリアがあったのに、アメリカに来てからは英語が話せないために仕事が見つからないこと。国にいる母親が病気だが、一時帰国のためのビザが下りないため会いに行けず、もどかしいこと…。彼女の話を聞き、結婚後、新しい生活環境にうまく適応できずうつ病になっていると考えられたため、自殺願望などがないことを確認してから、院内のカウンセリングもできるソーシャルワーカーに予約を取った。

 しかし、その翌週、ソーシャルワーカーから慌てた様子の内線電話がかかってきた。「Yさんが『夫に暴力をふるわれている』って言うんだけど! 今すぐ連れていくから、3人で話し合える?」。「ええっ、あの夫が?!」というのが、恥ずかしながら、私の最初の反応だった。

 聞いてみると、軽くつねられるなど、暴行自体は痕が残らない程度ではあった。しかし、かんしゃく持ちで怒ったら手をつけられず、常に携帯電話の履歴や財布の中身をチェックされるという。また、「あいつはお前ばかり見てた」などと異常なまでに焼きもちを焼いたり、彼女が仕事を探そうとするのを阻止し、「お前は家にいればいい」「お前は絶対俺と別れられないんだ」などの言動もある。郵便物の保管箱の鍵も絶対に渡してくれないのだという。

 間違いなく、Yさんはドメスティック・バイオレンスDV)の被害者であった。うつ病だと思った時にDVについて聞かなかったのが、非常に悔やまれた。

著者プロフィール

緒方さやか(婦人科・成人科NP)●おがた さやか氏。親の転勤で米国東海岸で育つ。2006年米国イェール大学看護大学院婦人科・成人科ナースプラクティショナー学科卒。現在、カリフォルニア州にあるカイザー病院の内分泌科で糖尿病の外来診察を行っている。

連載の紹介

緒方さやかの「米国NPの診察日記」
日本でも、ナースプラクティショナー(NP)導入に関する議論が始まった。NPとは何か?その仕事内容は?米国で現役NPとして働く緒方氏が、日常診療のエピソードなどを交えながら、NPの本当の姿を紹介します。

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