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コーチングを活用した診察、初戦は...?

2012/03/07

 コーチングの1回目の講義を受講した翌朝、最初に来院した患者さんは高血圧と診断された40代の男性Aさんだった。

 2週間前に風邪で初めて来院したAさんは、 大型トラックやバスの運転手で、2007年にはボーダーラインの高血圧と診断されていたという。米国では、2年ごとに義務付けられているトラックの運転免許証の更新に血圧検査が必須であるが、検査はぎりぎりで合格していたのだろう。とはいえ、父親を心筋梗塞で早くに亡くしているという。

 初診時に血圧を3回、しかも両腕で測り直したところ、いずれも146/90mmHg程度。長い間高血圧を放置していたせいか、心電図上、左室肥大の兆候が見られた。ところが彼は降圧薬を絶対に飲みたくないという。

 タバコは本人曰く1日7~8本。そして、「ニコチン中毒の人と違って、俺はいつでもやめられるからさ」と、喫煙者の決めゼリフ…。「俺は別に胸も痛くないし、大丈夫だ。薬なんて冗談じゃない。医者にかかるのは大嫌いだ。血液検査は絶対に嫌だ。タバコは別にたくさん吸ってるわけじゃないから、やめなくていいだろう」 と、さまざまな言い訳を続ける彼に、何とか再診を約束させ、今日に至ったのだ。

 「Aさんを、禁煙や減塩、そして服薬コンプライアンスの向上に導くことができたら、遺伝にも打ち勝つこともできるかもしれない」と、私は不謹慎ながら、ワクワクしながら診察室のドアを開けた。

 診察室に入る直前にカルテをチェックすると、相変わらず高い血圧の数値が並んでいた。

 コーチングで教わった通り、まず彼の目を見て、声のトーンに気をつけて、あいさつをする。「I am really glad you're here today(今日、来院してくれてよかった)」。そして、彼の顔に笑みが浮かぶのを待ってから、「今日は、一緒に15分くらいお話できる時間があるけれど、どうやってその15分を使いたいと思う?」と続けた。

 これは無論、前日に教わったばかりのコーチング・セッションの始め方である。コーチングではクライアントが決めた方向性に従って、目標を立ててもらう。そのため、まずはクライアントである患者本人に、何をしたいかを決めてもらう必要があるのだ。

コーチングに手応えあり…だったのだが
「え?どういう意味ですか」
「あなたは今日、また血圧を測りに来てくれました。ここに一緒に座って、タバコの弊害や、高血圧の影響を、私が延々しゃべり続けることは簡単よ。でも、それじゃ意味ないと思うの。より健康になって、病気を予防するためには、この15分をどう使えばいいと思う?」

 ポジティブな言葉を挟みながら、Aさんに聞いた。しかし、その問いには戸惑ってしまったようで、答えてくれなかった。その代わり、ため息をついて、ぽつりと言ったのは、「なんで、タバコで血圧が上がるんですか」との一言。

 やった!と内心興奮した。2週間前と全然、顔つきが違う。タバコが及ぼす影響に関心を持ったみたいだ。うれしさを隠しつつ、できるだけ分かりやすく、因果関係を簡潔に説明した。高血圧のリスクについても、語ることができた。しかし、患者自身が「行動」につながる目標を立てないとコーチングではない。いつもの私ならばここで、タバコを1日5本に減らす目標を設定したり、ニコチンガムを勧めたり、ブプロピオン(日本では未承認の抗うつ薬。米国ではうつの他に、禁煙用としても承認を受けている)を処方したりする。だが、コーチングの手法からは外れるし、そもそもAさんが耳を貸すとも思えない。

「じゃあ、血圧を正常に戻すために、あなたが次の1週間でできることは何だと思う?」
「うーん、やっぱり禁煙かなあ。いずれはやめなきゃいけないんだろうし。俺さ、コーヒー飲むとタバコが吸いたくなるんだよね。夜ついつい遅くまで遊んじゃうから、コーヒーを飲んじゃうんだよ。でも、もっと睡眠を取ろうと思えば取れるから、もっと早く寝て、コーヒーを減らせば、タバコも減らせると思うんだ」

著者プロフィール

緒方さやか(婦人科・成人科NP)●おがた さやか氏。親の転勤で米国東海岸で育つ。2006年米国イェール大学看護大学院婦人科・成人科ナースプラクティショナー学科卒。現在、カリフォルニア州にあるカイザー病院の内分泌科で糖尿病の外来診察を行っている。

連載の紹介

緒方さやかの「米国NPの診察日記」
日本でも、ナースプラクティショナー(NP)導入に関する議論が始まった。NPとは何か?その仕事内容は?米国で現役NPとして働く緒方氏が、日常診療のエピソードなどを交えながら、NPの本当の姿を紹介します。

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