日経メディカルのロゴ画像

反社会性人格障害(?)の患者さん…どうすればいい?

2011/10/17

 診察中、ちょっと自分の安全が不安になる患者さんがいる。50代の男性Aさんは身長190cm以上ある上、体にも厚みがある。うちのクリニックのセキュリティー兼門番の脊椎でも簡単にへし折れそうだ。いつも親しげに話をし、大きな背中に小さなリュックを背負って、大きく暖かい手で握手を求めてくる。ただ、例え予約が朝の10時であろうと、午後2時であろうと、クリニックの門が開けられる朝8時半にやってきて、すぐに診察を要求する。診察室内では丁重な話し方をするが、「あなたの予約は午後ですよ」と指摘した受付係にはキレて怒鳴りだしたという。「俺は朝型なんだ」が口癖らしい。

 彼は、コカインの売買と強盗罪に問われ、7年の刑期を終えて2年前に出所したばかりだ。3人の女性との間に計5人の子供がいるが、今はハーフウェイハウス(精神病、元麻薬中毒などの患者が、社会復帰や自立的生活を目標として一時的に居住する住宅)に監視付きで住んでいる。「誤解なんだよ。俺はコカインは売るだけで、一度もやったことないのにさ。触ってると肌から染み込むんだねえ。おかげで中毒扱いされてさ。ま、そのおかげでハーフウェイハウスに住めて、生活保護ももらえてラッキーだけどさ」

 それまで担当だった女性医師がクリニックを辞めたため、私の担当になったのだが、血圧が150/80mmHg台から変化がない。以前、処方されていたアムロジピンについて聞いてみると、どうも会話が噛み合ない。ほかの患者さんからは「いやあ、どうも忘れっぽくて」「あんまり飲んでないんですよ、実は、副作用とかが怖くて」などと、後ろめたい顔で、ためらいがちに答えが返ってくる。だがAさんは、「薬?! 飲んでないよ! 」ときっぱり。

「本当のことを言うとね、あの薬が、おれの血圧を高くしてると思うんだ。本当だよ」
「でも、もう2カ月も飲んでないんでしょう? それで、今日も血圧が高いでしょう? この薬は、血圧を下げるのによく使われる薬なの。そして、大抵よく効くのよ。それに、もう10年以上高血圧だと言ってたわよね? アムロジピンが出され始めたのは最近だから、血圧が高いのはアムロジピンのせいじゃないと思う」
「ふーん、そうなんだ」
「だから薬を飲んで欲しいんだけど」
「いいよ、じゃあ」

 このような調子で会話を続けて、薬の服用の再開を約束するのだが、次の来院時には全く同じ会話が繰り返される。高血圧以外にも、胸痛、目まいなどで何度か来院し、循環器科や神経内科も受診しているが、すべての検査と診断結果は「問題なし」。過去にうつ病の診断を受けているが、 症状や表情からは単なるうつ病ではないと感じた。

 自傷行為、自殺願望、幻聴や幻覚はないが、被害者意識が強い。また、「売ってるだけで肌からコカイン吸収されたんだ」という主張以外にも、たまに、彼の話を信じにくいときがある。そのため精神科医を探しはじめたが、彼の公的保険で受診可能な精神科医は、簡単には見つからない。ソーシャルワーカーに探してくれるように頼んだところ、Aさんはソーシャルワーカーとの面談の際、「精神科医なんて要らない」と断ってしまった。

「強盗しておいてよかった!」
 そんなある日、彼が何枚かの紙を持ってきた。生活保護を受けてハーフウェイハウスに住んでいる人には労働義務があるのだが、「道のゴミ拾いだってさ! 俺は病気だから労働できないって、あいつらに言ってくれよ」とのことである。

 さて、困った。高血圧だけでは、労働義務は免除されないだろう。だが、書き方次第ではAさんを怒らせることにもなりかねない。同僚に相談し、「高血圧と、いまだ診断のついていない精神病あり」と真実を書き、労働できるかどうかは福祉事務局の判断に任せることにした。Aさんは満足そうに帰っていったが、福祉事務局には通らなかったらしく、数カ月後には生活保護が止められることになった。

 そのことを私に報告しながら彼は、「本当に、あれだけたくさん強盗して、お金を隠しておいて、良かったよ!」と、心からほっとした様子で話していた。「生活保護を止められたら、携帯代を払うお金もないもんね。俺、携帯でガキたちと連絡取ってるからさ」。私は、返事に窮してしまった。Aさんは、「こいつらの写真、見る?」と、可愛らしい子供たちの写真を(強盗したお金で買ったかもしれないiPhoneで)にこにこしながら見せてくれた。

著者プロフィール

緒方さやか(婦人科・成人科NP)●おがた さやか氏。親の転勤で米国東海岸で育つ。2006年米国イェール大学看護大学院婦人科・成人科ナースプラクティショナー学科卒。現在、カリフォルニア州にあるカイザー病院の内分泌科で糖尿病の外来診察を行っている。

連載の紹介

緒方さやかの「米国NPの診察日記」
日本でも、ナースプラクティショナー(NP)導入に関する議論が始まった。NPとは何か?その仕事内容は?米国で現役NPとして働く緒方氏が、日常診療のエピソードなどを交えながら、NPの本当の姿を紹介します。

この記事を読んでいる人におすすめ