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「あーあ、あなた、新しいから狙われたのね」

2011/06/14

 ナースプラクティショナー(NP)として働きはじめて間もない頃、ひどい痛みを訴えて突然来院した患者さんを診たことがある。それは、金曜日の午後4時過ぎで、ほかの医師やNPは5時までに予約患者の診察を終えようと必死になっているころだった。新人の私は予約が少なかったため、その女性を任されたのだ。

 ドアを開けると、診察台の上にはワンピースを着た大柄な女性が、足も露に横たわっていた。私が入ってくるとかっと目を見開いて、「痛い痛い、痛みを取ってくれ」と叫び出す。そんな異様な姿に新米の私はおろおろしてしまった。

 工場で働いていて、今までもたびたび悪化したが、手術で良くなるとも限らないので、薬物治療だけで今に至っているとのこと。痛みのひどい時には筋弛緩剤とパーコセット(percocet;オキシコドンとアセトアミノフェンの合剤)で持ちこたえてはいるが、もうパーコセットが1錠しかないこと。涙を浮かべ、途切れ途切れに語る彼女に、私は同情した。カルテには確かに椎間板ヘルニアを示すMRIの結果が入っているし、最後にパーコセットが出されたのは4カ月前となっている。触診でも背中を触るたびに大声を出す。

 しかし初めて診る患者に、麻薬を多く処方するのはためらわれる。パーコセットは14錠にとどめてイブプロフェン800mgを処方し、慢性疼痛管理の専門医への紹介状を書いた。すると、彼女は「イブプロフェンは家にあるけど、全然効かないの。しかも、パーコセット14錠ですって! そんなの数日しかもたないわ! 以前、専門医に予約を取ろうとしたら、3カ月待ちだったの。その間はどうすればいいの? 仕事ができないと首にされるかもしれない」と彼女は言う。確かにパーコセットは4~6時間おきに内服する必要があるし、専門医がすぐ予約できるわけではないことは、私も知っている。結局押し切られる形で、30錠に処方箋を書き直し、ためらいながら渡した。彼女は不満そうに鼻を鳴らしながら、足をひきずるようにして廊下を去っていった。

 彼女を呆然と見送っていると、ベテラン看護師がやってきて、耳打ちした。「あーあ、あなた、新しいから狙われたのね。彼女、ここら一帯の医療施設を巡回してるのよ。パーコセット、あげちゃった?」。あわてて待合室をのぞくと、颯爽と正面口に消える彼女のすっと伸びた背中が見えた。

 麻薬の使用は米国の隠れた社会問題の一つである。コカイン、クラック(コカインの加工物)、覚せい剤、LSD、そしてヘロイン。中でも最近人気が上がってきているのは、パーコセット、オキシコドンなどのモルヒネ系鎮痛剤である。ほかの麻薬よりも安心感があり、手に入りやすいためだろうか。2009年の 米国保健社会福祉省 の調査では、米国の12歳以上の男女のうち、700万人(2.8%)が過去1カ月に医療以外の目的で処方箋が必要な向精神薬を使用したことがあるとされている 1)。また、別の調査では、ニューヨーク市の中高生の10人に1人は、「楽しみのために処方箋が必要な鎮痛剤を使ったことがある」と答えている 2)。ということは、それを病院などで手に入れて売っている人もいる、と考えるのが自然だろう。

著者プロフィール

緒方さやか(婦人科・成人科NP)●おがた さやか氏。親の転勤で米国東海岸で育つ。2006年米国イェール大学看護大学院婦人科・成人科ナースプラクティショナー学科卒。現在、カリフォルニア州にあるカイザー病院の内分泌科で糖尿病の外来診察を行っている。

連載の紹介

緒方さやかの「米国NPの診察日記」
日本でも、ナースプラクティショナー(NP)導入に関する議論が始まった。NPとは何か?その仕事内容は?米国で現役NPとして働く緒方氏が、日常診療のエピソードなどを交えながら、NPの本当の姿を紹介します。

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