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香山リカさんとの往復書簡
Facebookも始めました

2013/10/21
小鷹昌明

7月には南相馬市立総合病院でも香山さんに講演してもらい、講演後はグループ学習に参加してもらった。

 このたび、ご縁があって、精神科医の香山リカさんの主催するインターネット・マガジンに登場させていただき、“往復書簡”のようなコーナーを持たせてもらうことになった。

 そのきっかけは、今年の3月に彼女が南相馬市を訪れたときに遡る。市街地のホールで、行政職の人たちを主な対象者とする講演が行われたのだ。私は「せっかくの機会だから」と思って、その講演会にひとりの聴衆として参加した。

 講演は、被災者をサポートする人たち自らがバーンアウトしないための“支援者支援”の取り組みや、その考え方に関するとても励まされる内容だった。そんな語りを聞きながら、「尊敬というと大袈裟だが、長年関心を抱いていた人と知り合うチャンスは今しかない」と即座に判断し、講演終了後に楽屋にお邪魔してご挨拶をさせていただいた。このことが、今回のご厚意をいただく発端であった。

医局運営に影響を与えた香山さんの著書
 少し古い話になるが、私が香山さんの存在を知ったのは『働く女の胸のウチ』(大和書房)という著書を手にしたときだった。当時(2005年)の私は大学病院に勤務し、“医局長”という職務を拝命されていた。研究では一定の業績を挙げ、診療の傍ら、どちらかといえば管理職的な立場に置かれつつある時期だった。

 医療界にも女性(すなわち女医)の参入が目に見えて増加してきた頃で、「医局の調和を保つためには、女医への丁寧な対応が欠かせない」と、私は気づき始めていた。酒井順子氏の『負け犬の遠吠え』(講談社文庫)など、働く女性に関するエッセイがベストセラーになっていた時代。私自身も働く女性の心理に興味を抱き、さらに言うなら、小倉千加子氏や上野千鶴子氏などのフェミニストやジェンダー論者にも関心があった。

 既に幾つかの著書やネット上での言論活動を開始していた私は、「これからの時代、医療界を支える真の立役者は、医師不足の中でも右肩上がりに増え続けている“女医”である。国家試験の合格者の内訳を見ても、3人に1人が女医という時代にどんどん近付いている」などと謳っていた。

 しかし、その一方で、「女性は社会進出を果たしたものの、サクセスを追いかけることに徐々に疲れ始めている」、「理想としていた仕事や目標としていたキャリアに到達することは、男女を問わず医療界では結構な至難の業。そのことに気づいて現実に直面した女医たちは、ストレスと疲労とで失速していっている」などと勝手な持論を展開していた。それを予防するためのスローガンとして“女医のJOY”などとも語っていた。

 そんな折に触れたのが、精神科医が書かれたピンクの装丁のメンタル本、『働く女の胸のウチ』だった。細かい内容は忘れてしまったのだが、女性ならではの気苦労や迷い、悩みなどについて詳しく書かれ、男性が女性の気持ちを知るためには有益な書だったと記憶している。それ以来、彼女の意見を求めて、『しがみつかない生き方』(幻冬舎新書)、『精神科医ですがわりと人間が苦手です』(大和書房)、『なぜ日本人は劣化したか』(講談社)、『仕事中だけ「うつ病」になる人たち:30代うつ、甘えと自己愛の心理分析』(講談社)、『I miss me:新しい自分を見つける42章』(青春出版社)などを立て続けに読んだ。しばらくは、“カヤマ本”にハマっていたわけだ。その後、“カツマ本”にも移行したが…。

 医師で文筆家という人に憧れを抱いていた時期だったからかもしれないが、いずれにせよ彼女の著書は、私の医局運営に少なからぬ影響を与えたことは間違いなかった。栃木県医師会の「男女共同参画委員会」の委員を務めたり、女医のフレックス勤務に着手するなど、私の医局長としての振る舞いは良くも悪くも彼女に影響された。そういった経緯から、私は香山さんに対し、ある意味で感謝していたのである。

著者プロフィール

小鷹昌明(南相馬市立総合病院神経内科)●おだかまさあき氏。1993年卒後、某大学神経内科に所属し、病棟医長、医局長、准教授を歴任。一念発起して2012年4月から現職。「今、医療者は何を考え、どうすべきか」をテーマに、現場から情報発信を続ける。

連載の紹介

小鷹昌明の「医師人生・四“反省”期」
医学部入学から四半世紀になろうとしている小鷹氏。自分の医師人生を四“反省”期として振り返ります。医療・医学、社会問題・社会現象、人間関係・生き方、自らのこだわりといった4つのテーマについて、様々な角度から語ります。

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