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事故調の出口で待ち構える人々
~三無の神器と空想医学物語~

2015/05/18
池田正行

 私には、再生医療のように多くの人が参入する分野で独創的な仕事ができると思うほどの自信はありません。それよりも、人気のない分野で、競争に負けるリスクが低い分相対的に成功率が高い仕事を選んで業績を上げ、より好条件の職場へ移る。私はそんな目論見で矯正医官の職を選んだわけですが、思わぬところで足をすくわれる結果となりました。

検察官による矯正医官の評価とその意義
 矯正医官不足に悩む法務省への助言を盛り込んだ矯正医療のあり方に関する有識者検討会による報告書は「矯正医官へのリスペクトの形成」を謳っています。昨年、矯正局の全面的な協力をいただき、NHK番組「総合診療医ドクターG」の中で私が刑務所で診療する様子を放送したのも※)同様の主旨で、「矯正医官なんて勤め口にあぶれたやぶ医者揃い」という偏見を是正する活動の一環でした。お陰様で各方面から大変な反響をいただき、矯正局内でも高く評価されました。今国会に提出された矯正医官の待遇改善に関する法案にも、微力ながら貢献できたのではないかと密かに自負していました。

 ところが、同じ法務省の職員である加藤裕、金沢和憲、荒木百合子の3人の検察官の方々から私にいただいた評価は、私のそんな自負に対して、思い上がりにも程があるとばかりの散々なものでした。彼らは、医学常識を全く無視した数々の独自見解に基づき(後述)、北陵クリニック事件に関する私の意見書を「失当である」、つまり出任せにすぎないと片付けました。そこには矯正医官に対するリスペクトのかけらも見られませんでした。

 こうした検察官による手厳しい評価が私のキャリアパス展望を狂わせたのです。今時国家公認のやぶ医者を雇うような間抜けな病院はありません。社会的信用を失った医者のところに患者さんが来てくれるわけがありませんから、開業しようにも銀行がお金を貸してくれません。つまり、これからの私には、矯正医官として地道に働きながら、公文書による誹謗中傷だけはどうか止めてくださいと、丁重にお願いし続ける道しか残されていないのです。

 矯正医官に敬意を払うのではなく、逆にやぶ医者呼ばわりすることによってその流出を防ぐ。そんな倒錯した発想は、生意気な被疑者は(特別公務員暴行陵虐罪との録画証拠を残さないために)机の下で向こう脛を蹴って自白させるような、検察官ならではの教育の賜物でしょう(市川寛『検事失格』毎日新聞社)。

医事裁判における三無の神器とは
 医療事故調査制度(事故調)の出口で待ち構えるのは、このように誠実に働いている同省内の職員さえも誹謗中傷する人々です。たとえ脈の取り方一つ知らなくても、たとえ御用学者が一人も現れなくても、ミトコンドリア病患者をベクロニウム中毒と平然と「診断」し、誤診されたまま適切な診療を受けさせずに放置できるぐらいなのですから、事故調査報告書から業務上過失致死を導き出し有罪率99.9%を実現することなど、彼らにとって朝飯前なのです。

 一方で彼らは以下のように“お茶目”な面も見せてくれます。医事裁判で相手となる医師と論争して勝つためには、まず医学と無縁の論争空間を設定する。その空間の中で、医学に対する無知、医療の基本の無視、そして患者を誤診したまま放置する無恥(医療倫理観の欠如)という「三無の神器」により、医学も科学も無視した意見書を作成する。これが医事裁判に臨む検察官の常道です。私が常道と呼ぶ理由は、北陵クリック事件再審請求審以外でもこの作戦が常用されるからです。袴田事件、東電女性会社員殺人事件、飯塚事件等、数々の冤罪事件を戦っている孤高の法医学者、押田茂實(しげみ)日本大学名誉教授も、幾度となくこの三無の神器の被害に遭っています(『法医学者が見た再審無罪の真相』祥伝社)。「法医学教授の主張さえも排除できる我々にとって、ヒラ矯正医官の意見書など紙くずも同然」。検察官たちのそんな高笑いが聞こえてくるようです。

 それでも彼らがお茶目だと私が思うのは、上記の三無の神器が、私の大好きなコメディ「ジョニー・イングリッシュ」のキャッチコピー、「He knows no fear. He knows no danger. He knows nothing. 」を彷彿とさせるからです。実際、検察官意見書には、どんな脳病変に対しても100%の感度を発揮するX線CTをはじめとする奇想天外なアイディアが満載です。執筆者の3人の検察官のうち1人でも私がだれかを知っていれば、こんな空想医学物語は決して日の目を見なかったでしょう。たとえ脈の取り方一つ知らなくても、専門医の診断を全面的に否定できる。そんな超人的な自信に満ちた神々が、三無の神器を使って創造した神話が検察官意見書なのです。

著者プロフィール

池田正行(高松少年鑑別所 法務技官・矯正医官)●いけだまさゆき氏。1982年東京医科歯科大学卒。国立精神・神経センター神経研究所、英グラスゴー大ウェルカム研究所、PMDA(医薬品医療機器総合機構)などを経て、13年4月より現職。

連載の紹介

池田正行の「氾濫する思考停止のワナ」
神経内科医を表看板としつつも、基礎研究、総合内科医、病理解剖医、PMDA審査員などさまざまな角度から医療に接してきた「マッシー池田」氏。そんな池田氏が、物事の見え方は見る角度で変わることを示していきます。

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