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刑務所で医者やってます
~塀の中にテレビカメラが入る意味~

2014/05/19

 来月6月13日、22時からNHK総合テレビで放送予定の「総合診療医ドクターG」では、私が刑務所で楽しく診療している様子が紹介されます。最近、矯正医官の深刻な不足1)がようやく少しずつ報道されるようになりましたが、塀の中での診療がテレビ放送されるのは史上初です。

“さる筋”からの圧力??
 昨年4月に高松少年鑑別所医務課(高松刑務所医務部併任)で働き始めてから、1年余りが経ちました。それでも、医学部教授から塀の中へという異動は、“転落”と見えるらしく、「池田は宮城県警の杜撰な捜査や、東北大ぐるみの医療事故隠しや、科学なき科捜研によるでたらめな質量分析等々、諸々の警察・検察不祥事と、最高検察庁が実は大本営だったという公然たる国家機密を漏洩したために、“さる筋”から圧力がかかって前任地を追われた」とのまことしやかな噂があるとかないとか……。

 しかし、北陵クリニック事件におけるベクロニウム中毒の診断がとんでもない誤診2)であると私が知ったのは、長崎大に勤めていた2010年1月、もう4年以上も前のことです。それ以来、今日に至るまで、どこのだれからも、私の行動や言動を抑制するよう干渉を受けた覚えは一切ありません。また、「おまえが単に鈍感なだけだ」と言われたこともありません。それは「ではあなたが言う『敏感さ』の意味は何ですか?」と私から切り返されることが目に見えていたからでしょうけれども。

 それどころか、検察官がトップの事務次官を務めるお役所に3)、最高検察庁を大本営呼ばわりする医者があっさり採用され、しかもその医者が堂々とNHKに48分間に渡って主役として出演し、刑務所で楽しそうに診療している様子までが金曜日のプライムタイムに全国放送されるのです。私の転勤が最高検の陰謀によるものだとしたら、今回の放送は一体どうやって説明したらいいのでしょうか?

矯正医療の現場の実態は――
 さて、一口に「矯正医療」と言っても、八王子医療刑務所のような本格的な病院から、学校の保健室同様の地方少年鑑別所の医務室まで、診療環境もその内容もさまざまです。私の場合、2カ月前後の高松少年鑑別所入所期間中の、少年たちの健康管理が主な仕事です。頻度の多い身体疾患は喘息、アトピー性皮膚炎、食物アレルギー、性器クラミジア感染症といったところですが、それらに加え、やはり発達障害の評価を頻繁に求められます。そんな時は、07年7月から1年余り、秩父学園(埼玉県所沢市)で、高木晶子前園長のご指導の下、発達障害者の療育を五十の手習いよろしく学んだ経験の有り難さをしみじみと感じます。

 一方、併任となっている高松刑務所における被収容者の疾病構造は、覚醒剤・入れ墨をリスクファクターとするC型肝炎が高頻度に見られる点、軽度知的障害者や認知症の比率が高い4)点などの一部の特殊要因を除くと、基本的に塀の外の縮図になっています。私の場合、塀の外よりも急速に進行する高齢化を反映して、認知症、パーキンソン病、脳血管障害、せん妄、意識障害といった疾患・病態の相談を受けることが多くなっています。検察官がキャリア官僚として支配する法務省で居心地が悪くないのか?と気遣って下さる方がいらっしゃいますが、これも心配ご無用。上述のように、全く逆に、特性を生かして、のびのびと仕事ができる場所を与えてもらっています。

 もちろん矯正医療は問題だらけです。塀の外の医療が問題だらけなのですから、人材も予算もはるかに少ない塀の中では、塀の外よりも数多く、かつ深刻な問題の数々が山積しているのは当然です。さらに「極悪人に税金を使って病気を治してやる必要なんかこれっぽっちもない」と考える“国民の皆様”もいれば、一方で「被収容者の劣悪な診療環境は重大な人権問題だ」と考える“正義の味方”もいます(でもそういう“正義の味方”も、検察官によるミトコンドリア病患者の人権蹂躙問題2)には知らぬふりですが)。

 そんな問題だらけの環境は、私を謙虚にしてくれます。自分は日本の矯正医療の問題をすべて解決できるスーパードクターではない。自分にできることは、今日一日、今この瞬間、問題だらけの矯正医療の現場で自分に与えられた課題に集中することだけ。自分の能力の限界は、周りの職員に、入所少年に、被収容者に助けてもらう、教えてもらう、そう素直に思える職場なのです。

著者プロフィール

池田正行(高松少年鑑別所 法務技官・矯正医官)●いけだまさゆき氏。1982年東京医科歯科大学卒。国立精神・神経センター神経研究所、英グラスゴー大ウェルカム研究所、PMDA(医薬品医療機器総合機構)などを経て、13年4月より現職。

連載の紹介

池田正行の「氾濫する思考停止のワナ」
神経内科医を表看板としつつも、基礎研究、総合内科医、病理解剖医、PMDA審査員などさまざまな角度から医療に接してきた「マッシー池田」氏。そんな池田氏が、物事の見え方は見る角度で変わることを示していきます。

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