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ノバルティス社刑事告発が意味するもの

2014/01/23
池田正行

 作家の佐藤優氏は、死刑制度を持たないイスラエルを例に取り、「死刑によって法秩序を維持するのは弱い国家」だとしています1)。暴力で子供を従わせようとする父親の未熟性を考えると分かりやすいでしょう。ノバルティス ファーマ社に対する刑事責任追及の声は、スポーツチームの監督に鉄拳制裁を期待するような心理に根ざしています。それは臨床研究に対するリテラシーとは対極にある未熟な感情です。

 それまで「すべては患者様のために」とバルサルタンを処方していたはずの自分をすっかり忘れて不売運動を推進し、「ノバルティスファーマ社に天誅を」と叫ぶ。そんな医師の滑稽な“記銘力障害”と幼い正義感も、このような未熟な心理から生じています。バルサルタンをはじめとするノバルティス社の製品のリスク・ベネフィットバランスが変わったわけではありません。さらにJikei Heart Studyのイカサマは、既に6年前に明らかだったのですから2)、今になっての不売運動は、自らの臨床研究に対する無知をわざわざ世間に露呈する活動にほかなりません。

刑事告発に期待されるもの
 そんな“お医者様達”の幼い正義感に迎合する“おもちゃ”が刑事告発です。「よしよし、私たちが怖いおじちゃんたちに言いつけてやるから泣くのはおよし。悪い会社をやっつけてもらおうね」とばかりに、例によってお上におすがりする水戸黄門シナリオで、安心して思考停止できるというわけです。

 刑事告発をした人々が、村木厚子さん(現厚生労働省事務次官)が逮捕されてからどういう扱いを受けたか、何が起こったのかを忘れてしまうほどの重篤な“記銘力障害”を患っているとは思えません。また、刑事告発を受けた東京地検の検事さんたちが臨床試験のeラーニングを修了しているとは寡聞にして存じません。従って、刑事告発に期待される「真相究明」とは、「割れ」(客観的証拠の有無にかかわらず、是が非でも自白調書を取れ!)、「立てろ」(検事の仕事は起訴してなんぼや!)の伝統的スローガン3)の下で作成された自白調書にほかなりません。

刑事告発が隠蔽するもの
 刑事告発は、臨床研究に対するリテラシーの全くない検事さんたちでも他の刑事事件同様に自白調書が作成できるように、「データねつ造」という至極単純なスローガンだけに問題を矮小化し、臨床研究に関する本質的な問題の数々と、それに関わった人々の責任の両方を隠蔽してしまいます。

 例えば、トップジャーナルに掲載された論文を巡るスキャンダルなのに、EBMと聞いただけで逃げ出しそうな検事さんたちへの配慮から、「降圧を超えた効果」という絶妙なキャッチコピーで一世を風靡し、世界でただ一人KYOTO HEART StudyとJikei Heart Studyの両方の著者となっているBjorn Dahlof氏や、別刷販売で大儲けしたランセット編集部といった海外の共犯者達を「お咎め無し」としています。また、バルサルタンと同様の市販後大規模使用経験結果を販促に大々的に活用した他のブロックバスターたちにも免責を与えています。このようにノバルティス社に対する刑事告発は、反論できない手ごろな標的だけを叩く、卑劣な弱い者いじめに過ぎないのです。

 一方、刑事告発に快哉を叫び、ノバルティス社を散々叩きながら、同じ紙面にいかがわしい民間療法を推奨する書籍の広告を堂々と載せて何ら恥じることのない新聞社の経営態度が、金輪際責められることはありません。強者は決して攻撃されないのです。本来、公平性を維持するために自らの利益相反問題に最も敏感でなくてはならないはずのジャーナリズムに対し、刑事告発は絶対的な免罪符を与えてくれるのです。

著者プロフィール

池田正行(高松少年鑑別所 法務技官・矯正医官)●いけだまさゆき氏。1982年東京医科歯科大学卒。国立精神・神経センター神経研究所、英グラスゴー大ウェルカム研究所、PMDA(医薬品医療機器総合機構)などを経て、13年4月より現職。

連載の紹介

池田正行の「氾濫する思考停止のワナ」
神経内科医を表看板としつつも、基礎研究、総合内科医、病理解剖医、PMDA審査員などさまざまな角度から医療に接してきた「マッシー池田」氏。そんな池田氏が、物事の見え方は見る角度で変わることを示していきます。

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